フェイト・レザン/想い人
「ラウルさん、ちょっと」
通りかかった食堂の前、顔見知りの従業員に急にラウルが呼び止められて。
何だと思って呼ばれるまま中に入ると、すみっこにジェットさんとダンさんがいた。
「よぉ。こないだはありがとな」
気付いたジェットさん、手を上げて声をかけてくれたけど。
ふたりの座るテーブルには大量のお菓子。
この人たち何やってんだ…?
俺たちの視線に気付いたジェットさん、内緒な、と小さく前置いて。
「クゥのってのは言わずに、あとで受付で配るから」
ヤバい、と思ってラウルを見ると、先にカイが手で口を塞いでくれていた。
ククルさんが絡むと、ラウル、人が変わるからな…。
大丈夫というように頷くラウルからカイが手をどけて。そこにさっきの従業員が、手が空いてたからと水を持ってきてくれた。
「ジェットさん、お知り合いだったんですか。さっき話したの、彼なんですよ」
「ラウルが?」
ジェットさんが立ち上がってラウルの目の前に立った。
「クゥのことで怒ってくれたって?」
あぁ、あのときのことか。
誤魔化そうとするラウルにジェットさんは笑って、ありがとなって言ってる。
英雄なのに偉ぶることなんかなくて。
レザンに来てくれたときも進んで動いてくれたし、俺の引っ越しを手伝って、所属するパーティーまで探してくれた。
ウィル兄はよく文句言ってるけど。ホントできた人だよな。
訓練のときはほんっと焦った。
ラウルからはずっと、会いたい人がいるって話を聞いてたけど。まさかそれがククルさんだって思うわけないじゃん?
しかもいつも冷静なラウルがあんな突っ走ったマネするなんて思うわけないじゃん?
俺はウィル兄の気持ちも知ってるから、ホントどうしていいかわからなかった。
テオはもちろん怒ってるし、何よりブチギレたロイヴェインさんの圧が辛くて。
皆全然様子が違って。
好きな人ってだけで、あんなに必死になるもんなんだなって。
訓練から帰ってからのラウルは、フラレたって言ってる割には嬉しそうで。
フラレたのに何でって聞いたら、好きでいられることが嬉しいんだって返ってきた。
訓練中はあんなに必死で時々落ち込んだりもしてたのに、今はただ、ホントに嬉しそうに笑ってて。
ちょっと羨ましいような。そんな気持ちになった。
ライナスから戻ったウィル兄は、ここしばらく考え込んでたのが嘘みたいにスッキリした顔してて。
ククルさんと話せたのかなって思ってたら、余計なことするなって怒られた。
怒られついでに何でククルさんなのかって聞いたら、ウィル兄、俺だって知りたいとか言いながら、それでも考えてくれて。
『最初は羨ましかったのかもしれないな』
って。
そう呟くウィル兄は、ククルさんのこと思い出すだけで嬉しそうで。
俺はひとりでここにいた間のウィル兄のことを全然知らないけど、多分、こんな感じじゃなかったんだろうなってのはわかってて。
そのことも。ずっと距離をおいてるみたいだったレザンに来てくれたのも。
ククルさんの影響なんだろうなって。
土産のパウンドケーキを出してくれながら、初めて自分でも作ったんだと嬉しそうに話すウィル兄は、きっとウィル兄自身が思ってるより幸せそうに見えてるんだろうな。
ウィル兄も、ラウルも。
自分の想いに応えてもらったわけじゃないのに。
それでも幸せそうなのはどうしてか、想い人のいない俺にはわからないし。
多分ウィル兄に聞いてもラウルに聞いても答えてなんかくれないんだろうけど。
いつか俺にもわかるかな、なんて思ったりしながら。
まぁそのときは、このふたりみたいに恋敵が多くなければいいなって。
受付でもらったお菓子を見ながら、そう思った。




