ジェット・エルフィン/英雄の姪
久し振りのギルド本部。まずは帰還の連絡を入れると、すぐに事務長室へ行くよう言われた。
「おかえり、ジェット、ダン。休暇は楽しんできたかい?」
ギャレットさんがにっこり笑う。
「といっても。あと二日あるんだったね」
まだ休みなのにすまないね、と言われるけど。
いない間のことを聞くために早めに戻ってきたんだから、今日のうちに対応してもらえたほうが俺としてもありがたい。
まぁ、ギャレットさんはわかってるんだろうけど。
「警邏隊については両方とも大きな進展はない。あとは―――来たようだね」
ギャレットさんの言葉の途中で扉が叩かれ、ウィルが入ってきた。
全然驚いてないところを見ると、俺たちが戻ったと連絡を受けて来てくれたらしい。
まぁ帰還日は予定通りだしな。
俺たちを見て、お疲れ様です、とウィル。ギャレットさんに報告を促されて、持っていた紙を渡してくれた。
何かの資料らしい。数人の名前が書かれてる。
「警邏隊からギルド員になった者は調べればすぐにわかったのですが、逆は警邏隊に問い合わせなければならなくて。返答待ちですが、ミルドレッドとは別件扱いなので断られる可能性があります」
「別件…か?」
「警邏隊との連携はあくまでミルドレッド支部と、なので」
本部の記録は引き出せない、か。
「イルヴィナの件も進展はありません」
私からは以上です、とウィル。
ご苦労さまと労い、ギャレットさんが全員を見回した。
「私たちが必要としているのは、おそらく警邏隊が持っている情報なのだろうけどね」
ホルトやウィルの件は外部からでも接触はできるが、ミルドレッドの警邏隊では宿舎の中でことが起きてる。仮に同一人物なら、ギルドより警邏隊に近い人間なのは間違いない。
「ミルドレッドの警邏隊からも出せる情報がないか聞いてはいるが。どこまで出してもらえるか」
ギャレットさんが難しいだろうと考えてるのはその表情からわかって。
もしかしたらミルドレッドの警邏隊との連携は、ワーグさんの隊長としての独断かもしれないな。
そんなことを考えてるうちに、話は以上だとギャレットさんにも言われた。
あとふつかはどうするのかと聞かれ、次の調査の準備に充てると答える。
ナリスとリックが戻ってきてるかも確認しないとな。
あ、そうそう、ついでに。
「そういえば、長く休ませてもらったんでお礼にと思って、クゥにお菓子を作ってもらったんですけど、食堂に置いといていいですか?」
クゥががんばってくれたから、皆に当たらないまでもそこそこ量はある。持ち歩いて配るわけにもいかないし、食堂に置いとけば皆が好きに取ってくれるかと思ったんだけど。
ギャレットさんは少し考え、いや、と首を振る。
「騒動になるのが目に見えている。小分けにして受付で配るほうが無難かな」
クゥのお菓子で騒動になるのか??
驚く俺に、ウィルが呆れたように溜息をついた。
「彼女が作ったものというのも伏せたほうがいいかもしれませんね」
厄介なことを、とでも言いたげなウィル。
ギルドの中でクゥはどういう扱いになってんだよ?
全部任せるのは申し訳ないから、そのあとダンとふたりで食堂の隅を借りて小分けに包み直して。
クゥの噂のことで世話になってる食堂の人と、今から迷惑をかける受付の人に渡してから、ギャレットさんたちの分を取った残りを配ってもらえるよう頼んだ。
ギャレットさんの話では、受付の人は全員の顔を把握してるから重複して渡すことはないらしい。どうやら受付の人も諜報寄りの人だったんだな。
本当に。俺は呑気な実動員でよかったと心から思う。
終わったら来いと言われてたから、今度はウィルの執務室に行く。
どうやら次の仕事の話らしい。
「次の訓練までしばらくありますので。今回は少し遠出してもらいます」
そんな前置きと共に指示された行き先は、中央から北西、ベレット洞窟の西側だった。
「本当ならできるだけ奥まで行ってもらいたいのですが、今ジェットをすぐに連絡ができない場所に行かせるのはどうかということで」
クゥのことがあるからだろう。色々便宜を図ってもらってるんだな。
「雨の月の調査なので大変だとは思いますが、手前のほうだけで構いませんので。可能な限り日程厳守でお願いします」
俺たちからすると、日程厳守はかなり異例だ。天候の影響が大きい雨の月は特に、予定と数日ズレるなんてざらにあるんだが。
俺を見るウィルの視線が少し厳しくなる。
「ククルの為にも。無理はしないでくださいね」
「わかってる。ありがとな」
理由なんて、聞くまでもない。
本当に、一個人にこれだけ融通を利かせてもらっていいのかとも思うが、それだけクゥがギャレットさんたちに大事に思われてるってことなのかもしれない。
最初は俺の姪、つまり親父の孫だったからかもしれないけど。
たぶん今は、クゥだから、だろうな。
「……何ですか?」
筆頭だろうウィルを見てたら半睨みでそう言われたから。
「クゥの土産。お前は個人でもらってるからいらないよな?」
「いるに決まってるじゃないですか」
そうからかうと、照れもせず即答で返された。
一年前のウィルからは想像できないその様子に、こいつも変わったよな、としみじみ思う。
もちろん怒られるから本人には言わないけど。
事務的な会話しかしなかった昔には戻りたくないって、俺だって思ってるんだからな。




