表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/312

三八三年 雨の二十三日

 今日はアレックとフィーナを休ませるということで、食堂はククルとテオ、宿はレムとソージュとジェット、ダリューンは状況に応じて、ということになっていた。

「父さんも開き直ったみたいで。いつも通り起きてはきてたけど、母さんとふたりでゆっくり朝食食べてたよ」

 笑いながらのテオの言葉に、休んでくれているならよかったとククルは思う。

 この一年、アレックにもフィーナにも頼りっぱなしだった。休む間などなかっただろうふたりに、少しでも疲れを取ってもらえればと思う。

「昼は来るって」

「じゃあ安心してもらう為に、ちゃんと進めておかないとね」

「そうだな」

 そう気合を入れ、ククルはいつもよりも張り切って仕込みに取りかかった。



 昼食を食べに来たアレックとフィーナは、ありがとうとふたりに礼を言う。

「宿を始めてから今までで、一番ゆっくりしてるかもしれないな」

 そう言って笑うアレックの表情はとても嬉しそうで。ジェットたちには無理を言ったが、こうして喜んでもらえてよかったとククルは思う。

「そうだテオ。今晩テオも付き合え」

「父さん?」

 何の話かと疑問の声を上げるテオに、それがいいとひとり頷くアレック。

「ジェットたちももうすぐ帰るからな。その前に飲もうと言ってるんだ。店閉めてからでいいから」

「じゃあククルはうちで、レムと三人でお茶でもしましょう」

 急に振られ、ククルも驚きフィーナを見るが、楽しそうに笑う様子に断るのはやめた。



 昼からは町に出ていたアレック。夕方にはフィーナとふたりで店に来て、一足早く飲み始めた。

 店に来る住人たちと楽しそうに話すふたりに、できればこれからもこんな機会を作ることができればと思う。

「…ありがとな、ククル」

 隣でぼそりとテオが呟いた。

「テオ?」

「父さんたちに喜んでもらえて。俺も嬉しい」

 手元を見たままのその声に、ククルもテオから視線を逸し、そうねと返す。

「私もよ」



 閉店作業の済んだ店内には男たち四人が残り、ククルはどうせならと言われ、レムの部屋に泊まることになった。

 カスケード家の一階、女三人でお茶とお菓子を囲んで話にふけることしばらく。

 瞳を細めてククルとレムを見ていたフィーナが、突然両手を伸ばしてふたりの頬に触れた。

「本当に。私は幸せね」

 噛みしめるように呟くフィーナ。

「ありがとう」

「お母さんってば」

 そう笑い、レムは隣のククルに抱きつく。

「私もここにいられて幸せだよ!」

 目の前のフィーナと、隣のレムと。

 家族同然のふたりが自分に向ける優しい瞳に、ひとりではない喜びと、気にかけてもらえる嬉しさを感じ、ククルも微笑み頷く。

「私も」

 その表情に、フィーナの笑みに安堵が混ざった。

「…よかったわ」

 小さな呟きが向けられた先は、おそらく自分ではなく。

 ククルも同じように、心の中で母に告げる。

 温かく見守ってくれる人たちがいる。

 だから私は大丈夫、と―――。



 三人でのお茶を終えてからしばらく。

 レムの部屋で話していると、部屋の外から足音が聞こえた。

「お兄ちゃんかな?」

 レムの言葉にふたりで廊下を覗いてみると、案の定テオが立っていた。

「お兄ちゃん大丈夫?」

 どこかぽやんとした表情のテオに、お水持ってくるから、とレムが階下に降りた。

「テオ? ちょっと待っててね?」

「…ククル?」

 きょとんと見返すテオに、ククルは少し笑う。

「だいぶ飲まされたみたいね」

 この分だとジェットも潰れているのだろうと思いながら、じっと自分を見返すテオを見る。

「明日、朝はゆっくり来てくれて大丈夫よ」

「…嫌だ」

 ぽつりとテオから呟きが洩れた。

「テオ?」

 聞き返すククルに、テオの手が伸びる。

「…ククルの隣は俺の場所なんだ」

 するりと頬に手が触れた。

「譲らないから……」

「テオ??」

「…俺の……なんだから…」

 まっすぐククルを見つめるテオが、ふっと笑う。

「いい…?」

 どう考えても完全にいつものテオではない。

「い、いいって何が……?」

 顔が赤くなっているのを自覚しながら後ずさるククル。

 ぱたりとテオの手が落ちた。

 その衝撃に、はっとテオが目を瞠り。

「お兄ちゃん、お水―――」

 駆け上がってきたレムが、真っ赤になったククルを見て足を止めた。



 そして。

 完全に酔いが醒め、己のしでかした言動に苦悩するテオと。

 何があったのかとレムに詰め寄られながら、言葉を濁すしかないククルと。

 両者の眠れぬ夜は、いつもより少々長く続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  (ノ_・、)優しい……。  フィーナさんも気にかかりますよね。  クライヴさんとシリルさんも、少しは安心できたかな?    前話で、テオには甘い時間はないのかなぁ? と思っていたところ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ