三八三年 雨の二十一日 ①
朝食後そのまま残ったウィルバートは、出されたお茶を飲みながらククルを眺めていた。
「今日はどうするんだ?」
うしろからのジェットの声に、決めてません、と返す。
「訓練中は何も手伝えなかったから。何かない?」
「ウィル?」
ククルに尋ねるその言葉に、思わずジェットが声を上げた。
「お前、喋り方??」
「休みだからいいんです」
ククルを見たままそう返す。そのやりとりにだろう、少し笑ってククルが首を振る。
「お休みなんだから、ゆっくりして」
「クゥまで??」
「ていうか、ジェット今まで知らなかったんだな」
慌てるジェットに、テオが意外そうに告げる。
「ククルが普通に話す相手って、増えてきたよな?」
「それでいいと言ってもらえるから…」
はにかんで笑うククルを呆然と見つめるジェット。
その肩に、ダリューンが手を置いた。
どうしようか、とウィルバートは考える。
ククルにはゆっくりしてと言われたが、素より休みが少ないこともあり、あまり『何もすることがない状況』に慣れていない。
昔からそうではあったが、休みといっても日々の用事を済ませてから調べ物をしていれば時間は過ぎるので、特に何をということもなかった。
最近になってようやく、少し時間があるときにセレスティアに行ってククルに贈れそうな物がないか見て回るようになったが、それでもたまに、だ。
今回ここに来た目的のひとつ、ククルに話は既に聞いた。ククルの両親とアルドの父の墓参りも昨日の夕方に終えている。
あとは、訓練中忙しそうなククルを手伝えないことが気になっていたので、その分何か手伝えたらと思ったのだが。
それを断られたとなると、本当にすることがない。
困る自分に気付いたのだろう、ククルがくすりと笑った。
「休めと言われても手持ち無沙汰よね」
気持ちはわかる、とククルは頷く。
「私も困ったもの」
「何言ってんだよ、結局ずっとジャム作ってたくせに」
隣でテオがぼそりと口を挟んだ。
「俺には試作もするなって言ったくせに。自分はずっと立ち仕事してさ」
「だって、あんなに時間がかかると思ってなかったんだもの…」
少ししゅんとしたククルに、言い過ぎたと思ったのか、テオもそれ以上言わずに嘆息する。
ふたりのやりとりから、思い当たることはひとつ。
「ジャムって、昨日の…?」
こくりと頷くククル。
「自分で作れば色々試せると思ったんだけど。準備した量が、その…ちょっと、多かったみたいで」
「ちょっとじゃないだろって」
テオの訂正にククルはむくれた表情を見せ、一方のテオは仕方なさそうに笑い。
ふたりの普段の様子を垣間見て、ウィルバートは内心の嘆息と共に口を開く。
「ククルもちゃんと休めってことかな」
「ウィルまで……」
自分を見たククルがむくれた顔のままだったことが、気を許してくれているようで少し嬉しかった。
ひとしきり笑ったウィルバートに、今日は何をするのかと聞かれたククル。
「ウィルのお土産用のお菓子を焼こうかと…」
本人に言うのもどうかと思ったが、別に隠すことでもないので素直に話すと、嬉しそうに微笑んで礼を言われたあと。
「でも、それじゃ俺には手伝えないか…」
少し残念そうに言うウィルバートを見返し、ククルは考える。
基本混ぜるだけなので、手伝ってもらうことはできる。
ただ前のロイヴェイン同様、渡す本人に手伝ってもらっていいのか、というだけだ。
「…ウィルも作ってみる?」
言うべきかどうかしばらく迷った末、あまりに手持ち無沙汰なウィルバートの様子もあり、結局はそう口にした。
驚いた様子でククルを見返したウィルバートだが、冗談で言われたのではないと気付き、嬉しそうに表情を崩す。
「いいなら、ぜひ」
ジェットとダリューンは宿を手伝いに行き、テオには仕方なさそうにこっちで仕込みをしてるからと言われ。
ククルとウィルバートは作業部屋で菓子作りに取りかかった。
「手伝うとか言ったけど、俺、ほとんど料理もしないけど大丈夫…?」
ここにきてそんなことを言うウィルバートに、ククルはくすりと笑う。
「何を作るかにもよるけど、大抵混ぜるだけだから大丈夫」
それで、と続ける。
「何を作る?」
「何、と言われても…」
困って見返すウィルバートにそうねと返し、背面の棚から瓶を取り出す。
「パウンドケーキ、作ってみる?」
ド素人の自分に、ククルはなかなかの教官振りで。
これでいいかと聞くたびに、まだです、と言われること数度。
ククルはこれを混ぜるだけだと言うのかと思いながら、四苦八苦しつつ作業を進める。
自分が一本分の生地を作る間に、その三倍量の生地を混ぜ終えたククルは、そのままふたつ、残る生地には酒漬けのドライフルーツとナッツを混ぜ込んだ。
「あとは焼くだけなので」
にっこり笑ってお疲れさまですと労われるが、片付けも手伝うからと言い張って、どうにかその場に残る。
「ククルはすごいな」
心からの言葉だったが、そんなことはないとあっさり返された。
「慣れてるってだけよ」
本当に自然に出たのだろうその言葉に、これが彼女の日常なのかとふと思う。
夕方からの店番で、少しは彼女の日常に加われているようなつもりになっていたが、やはりほんの一部に過ぎないようだ。
「余計に手間をかけさせたかな」
手伝えたという実感はまるでなく、ただククルに時間を取らせただけのような気もするが。
「…でも、楽しかった」
素直な感想を述べると、ククルはウィルバートを見上げ、微笑んで。
「よかった」
嬉しそうに、そう返した。




