三八三年 雨の十九日
朝一番でやってきたラウル。相変わらずの嬉しそうな顔で、カウンター席からククルを眺める。
「昨日来たところなのに、もう出ないとだなんて。早いよね」
「そうですね」
「こんなんじゃ僕のこと好きになる暇ないよね」
答えていいものかわからず、ククルは無言を貫いた。
そんなククルにラウルは笑い、また聞くよ、と呟いてから。
少しだけ、瞳を伏せる。
「…休みに来られたらいいんだけど。往復するだけで四日かかるからね」
ジェットたちがする馬を替えての強行軍は、普通実動員でもしない。事務員であるウィルバートにできたのは、もちろん彼の身体能力もあるのだろうが、短期間で何度も往復したことによる慣れもあったのだろう。
「またこっち方面の仕事が取れるの、待つしかないかな」
顔を上げたラウルは仕方なさそうに微笑み、ふっと息をついた。
「でも今はククルさんの前にいるんだからね。堪能しないと!」
「……堪能って…」
ずっと知らぬ振りをしてきたテオが、思わずそう洩らす。
もちろんラウルも聞き流し、熱っぽくククルを見つめた。
「というわけでククルさん!」
「はい」
「好きだから。また告白するね」
細められる山吹色の瞳から目を逸らし、ククルは今度こそ迷わず沈黙を選んだ。
ここからはアルスレイムに帰るというニース一行。出立は昼前だという。
朝食後、ちらちらとラウルを気にしながら、フェイトがククルに話しかける。
「ウィル兄今日から休みって、連絡来てる?」
「伺ってますよ」
頷くククルによかったと笑い、さらに声を潜める。
「レザンに寄るの、ランス兄に止められたのも聞いてる?」
「はい。無茶をするなと言われた、と手紙にありました。ランスさんからの手紙にも、来ると言ったら止めてくれ、と」
「ランス兄、ククルさんにも手回ししてたんだ」
抜かりないな、と笑ってから。
「ウィル兄最近考え込んでたからさ。ここでのんびりしてきてくれたらって思って、実は俺も頼んでたんだよ」
「頼む、とは?」
「レザンに行かずに済むようにって」
皆には悪いけど、と、つけ足すフェイト。
「まぁランス兄は俺が言わなくても止めてたかもしれないけど。前の…動の月のようにはやっぱ無理じゃん」
「はい」
「だからククルさんに、ウィル兄のこと頼んどこうと思って」
「私にですか?」
そう、とフェイトは頷く。
「ウィル兄が来たら、話聞いたげて」
「話を、ですか?」
「そう。それだけ。よろしくな」
それでいいのかと見返すククルに、フェイトは満足そうににっこり笑った。
雨の降る中、出立の時間になった。
「また来るから」
カウンターから出てきたククルの手を握り込み、ラウルが必死に訴える。
「絶対に来るから! また言うからね?」
「いい加減にしとけって…」
呆れ果てた口調でカイがぼやき、フェイトは視線を逸してテオを見る。
「次来たとき天気よかったらさ、手合わせしてくれよ」
「俺と?」
そう、と頷く。
「今結構テオのことも噂になってんだよ。こないだも手合わせはしてないから、よかったら」
にっと笑って拳をつき出すフェイトに。
「わかった。やろう」
笑みを返し、拳を合わせるテオ。
楽しみにしてる、と、フェイトが重ねた。
「世話になったな」
同じく見送りに来ているジェットとダリューンに、ニースが礼を言う。
「気ぃ付けてな」
「ああ。休暇楽しめよ?」
ふたりにそう返し、行くか、とニース。
「またね、ククルさん!」
名残惜しそうに手を振るラウル。
カイは軽く頭を下げ、フェイトは大きく手を振って。
「お気を付けて!」
店を出る四人にククルはそう声をかける。
「またお待ちしてますね!」
宿泊のギルド員はいるものの、しばらく振りに落ち着いた午後。
夕食の準備をするククルを横目で一瞥してから、テオは手元に視線を落とす。
ククルにラウルのことを尋ねたとき、取り下げてくれたと話していた。
諦めたという意味なのか、それとも別の意味なのか。
曖昧なそれを測りかねていたのだが、昨日からの様子を見る限り、どうやらその場はという意味だったようだ。
ラウルがどうであれ、自分のすることは変わらない。それはわかっているのだが―――。
もう一度、ククルの様子を確かめる。
穏やかなその表情に、自然と辞色を和らげて。
テオは己の作業に意識を戻した。




