三八三年 雨の十六日 ①
クライヴとシリルの命日。まず血縁者が墓に行く。
「早くからごめんね、エト兄さん」
「クゥが謝ることじゃないだろ」
皆の朝食の準備はテオとダリューンに任せ、ククルとジェットは共同墓地へと向かった。
去年は朝から雨だったが、今年は曇天で持ちこたえていた。
「ゆうべは遅くまで話してたの?」
歩きながら、まだ眠そうなジェットにそう聞くと、まぁな、と笑う。
「俺以外の皆は酒強いから。ダンだって全然普通だし」
俺より寝てないはずなのに、とジェットがぼやく。
「俺はそんなに飲めないけど。やっと皆で飲めたって感じだな」
「よかったわね」
「ああ。ありがとな」
嬉しそうなジェットに笑みを返して。
共同墓地に到着し、クライヴたちの墓の前に立つ。
一年が経った。
食堂を営む者として、自分は少しでも成長できているだろうか。
仕事に真摯だった両親に恥じない働きができているだろうか。
もちろん応えはないのだけれど。
「クゥはよくやってるよ」
「エト兄さん?」
隣からの声に驚きジェットを見上げると、ジェットは微笑んで見返す。
「ギルドで評判になるくらいだもんな」
ククルの頭を撫でてそう言い、ジェットは再び墓に向き直った。
あとは無言で墓を見つめるジェットを見てから、自分も視線を墓に戻すククル。
自分の声に応えたかのようなジェットの言葉が、まるで両親からの返事のようで嬉しかった。
(…エト兄さんもテオたちも。ほかにもたくさん、助けてくれる人がいるから)
自分は確かに残された。しかし、ひとりではないのだから。
(だから私は大丈夫…)
まだ未熟な自分でも、この一年、皆の力を借りて食堂を営むことができた。
いつまでも人に頼るわけにもいかないが、それでも困ったときには手を差し伸べてもらえるのだから。
(父さんと母さんは、エト兄さんを守ってあげてね)
ギルド員であるジェットは自分よりも危機な目に遭いやすい。
自分が助けることはできないから。せめて両親に祈る。
「エト兄さん」
「ん?」
「エト兄さんがいてくれてよかった」
墓を前に、ジェットは改めて誓いを立てる。
この一年、自分の姪だというだけで襲われかけたり狙われたりしてきたククル。
自分に英雄という肩書がなければククルが狙われるようなことはなかった。
心労をかけていることが申し訳なくて。それでも変わらず微笑んで迎えてくれるククルが大切で仕方なくて。
できることはしようと足掻いてはいるが、果たしてどれだけの効果があるかもわからないまま、徒に日ばかり過ぎる。
兄夫婦に代わり守るつもりでも、自分の存在がククルに危険をもたらす矛盾。
距離を置いたほうがいいのかと思う反面、その選択肢は自分には選べずに。
迷惑をかけているのだろうかと、そう思うことも正直あった。
しかしその自分に、いてくれてよかったとククルは言った。
ろくに一緒にいられずに面倒ばかり持ち込むような自分に、それでもそう言ってくれるのかと。
慰めでも気を遣ったわけでもない心からの声に、ジェットは考えるのをやめた。
「クゥ」
何、と返すククルを見ぬまま、横から手を伸ばし頭を撫でる。
自分はただ、ククルが大切だから守りたい。
「ありがとな」
もう、それでいい。
店に戻る前に、同じ事故で亡くなったルードの墓に向かった。
アルドたちも自分たちとさほど変わらぬ時間に来ていた。もしかするとこちらに合わせてくれたのかもしれない。
まだ眠そうなレミーとラシルにあとで菓子を届けると伝え、互いの場所を入れ替わる。
そうして命日の語らいを済ませて店に戻ったふたり。
もう少し寝てくる、とジェットは部屋に戻った。代わりに朝食の準備をしてくれていたダリューンにも休むように伝えるが、今のうちに話してくると言って店を出ていく。
ククルが厨房に戻ってしばらくで、セドラムたちパーティーが朝食を食べに来た。
「食事のあとご両親に挨拶したら、そのまま発とうと思う」
既に荷物を持っているセドラムたち。ゴードンまで素直に行けば半日ちょっとの距離だが、あくまで『見回り』をしながらなので実際にはもう少し時間がかかるだろう。
「来ていただいて、本当にありがとうございます」
礼を言うククルにとんでもないと返し、セドラムはディアレスを見る。
「これも何かの縁、だな」
「本当に」
視線を受け、ディアレスは頷いて。
「これからも大事にしていけたらって思ってる」
少し照れくさそうな笑みを見せ、そう答えた。
朝食を済ませたセドラムたちに、集ってくれたお礼を渡す。菓子が定番のこのお礼は、また来てもらえるようにとの思いから、少し物足りない程度で済ませることになっている。
お好きなものをどうぞとククルが並べた菓子の種類の多さに、本気で悩んだ様子を見せるセドラム一行。いくつでもどうぞと言ってはみるが、ここは慣習通りにと、それぞれひとつずつ選んだ。
「いつでも作りますので。また来てくださいね」
「ああ。また寄らせてもらう」
「俺は次の訓練で!」
「リックはいいよなー」
「師匠! 南行きの仕事、あったら押さえといてくださいよ?」
ひとり次の来訪が決まっているリックがそう言えば、羨ましいとの声が上がる。
「じゃあ、また」
穏やかに笑い、ディアレスも告げる。
そんな彼らを見回して。
「はい。お待ちしてますね」
ククルも微笑み、そう返した。
皆の朝食を済ませたあと、テオたち家族が墓地へと向かった。
おそらく日中は休む気のないダリューンは、自ら宿を手伝いに行く。
朝食後そのまま居座るロイヴェインが手伝おうかと言ってくれるが、大丈夫だと返してククルは仕込みを始めた。
「ククルのご両親ってどんな人だったの?」
しばらく黙って眺めていたロイヴェインが不意に尋ねる。
「じぃちゃんたちから少し話を聞いただけだから。よかったら聞かせて?」
「たいした話はないけど……」
それでいいと頷くロイヴェイン。わかったと返し、ククルは話し始める。
本当に、食堂の仕事が好きなふたりだった。
来てくれた客に喜んでもらう為に手間をかけ、寛いでもらうために気を配り。
ありがとう、美味しかったと言われては嬉しそうな顔をして、また次の客を迎える。
そんなことを少しずつ話していると、相槌を打ちながら聞いていたロイヴェインがくすりと笑う。
「何ていうか、まんまククルだよね」
きょとんと見返すククルに優しい笑みを向けたまま、だって、とロイヴェインは続けた。
「ここが好きで。お客に喜んでもらうのに一生懸命で。美味しかったって嬉しそうなのを見て、幸せだなって顔してる」
向けられる翡翠の瞳が、少しだけ熱を帯びる。
「…俺の好きな、ククルそのものだよ」
自身が洩らした呟きに、ロイヴェイン自身もはっと目を瞠り、すぐに困ったように眉を下げた。
「…ごめんね。今回は何もしないつもりだったのに」
「……いえ、その………」
自然に口から出てしまったといわんばかりのロイヴェインの動揺と、やはり気遣われていたことを知り、ククルは頬の紅潮を自覚しながら視線を落とす。
「…両親のようだと言われるのは、嬉しいから」
そう在るようにと思う姿が自分と重なると言われることは、本当に嬉しい。
「…ありがとう、ロイ」
顔を赤らめうつむいて、小さく礼を言うククル。
名を呼びそうになるのを呑み込んで、ロイヴェインは拳を握りしめた。
抱きしめたい衝動を、それをできる状況でも立場でもないと言い聞かせて我慢する。
今回は何もしない。そう決めていたというのに。
ククルの語る両親の姿があまりにも彼女にそっくりで。それなのに焦がれるような表情の彼女がかわいくて。
本当に自覚のないまま零れた言葉だった。
自制も利かぬ己の想いには、もはや苦笑するしかない。
(ホントに、俺はどれだけククルのことが好きなんだろ…)
会えても会えなくても募り続け、言葉にしても態度に表しても減ることがない。
己ですら持て余すこの想いを、どう彼女に伝えればいいのだろう。
そう考える一方で、それが彼女の負担になるのだと理解はしていて。
だからできないはがゆさと。
しなければ変わらぬもどかしさと。
折り合いをつけるのは、少し辛い。
「…ククル」
だから今は、少しだけ。
「…俺は、ククルがここにいてくれて嬉しいよ」
勘違いだとわかっていても。
彼女が向ける微笑みを、自分へのものだと思いたかった。




