三八三年 雨の十五日 ②
今日ライナスに来るのはあとひとり。既に昼過ぎにはミルドレッドに着いていたとセドラムが教えてくれた。
この機会に直接話をしてるのだろうと、どこまでも仕事中心のその姿勢に苦笑するジェット。
そして最後の待ち人が店に姿を見せたのは、少し暗くなった頃。
「一年振り、かな」
青い瞳を細め、ギャレットが微笑んだ。
「ジェットとウィルの策略でね。五日間の休みをもらえることになったんだ」
呆れたような口調だが、眼差しは優しい。
「ほかの補佐たちも巻き込んで、断れないようにしてから言うんだよ?」
「俺たち以上に苦労してきたギャレットさんが休まないなんて、ありえないですから」
こちらは素直に嬉しそうな顔で、ジェットが笑う。
「ホントなら同じだけ休んでもらいたかったんだけど」
さすがに二十一日間は無理だったらしい。
「いや、十分だよ。ありがとう、ジェット」
最後には笑みを見せ、ギャレットが礼を言った。
宿に荷を置きに行ったギャレットは、ゼクスたち三人とアレックと共に戻ってきた。
ジェットがギャレットを休ませたように、ククルたちもまた、アレックに皆と話す時間を取らせようと相談していた。
店はククルとテオのふたりで。そして宿はレムと共にナリスが手伝っている。
「すまないな。本当ならククルに休んでもらわなければならないのに」
「私はここで話を聞けるから。でもアレックさんはそういうわけにいかないもの」
ギャレットまで来てくれたのだ。自分よりもアレックにこそ、この場はふさわしい。
「今日、ほかの泊まり客はいないし。どうしても手が足りないなら俺が代わるから。父さんは皆と話してて」
今日の宿泊客は、ゼクスたち、セドラムたち、ギャレット、ナリス。もしかするとギルドから、行かないようにと通達が出ているのかもしれない。
「アレック兄さん」
ジェットが笑って席を勧める。
アレックはテオとククルを見、ありがとうと呟いた。
故人の命日に集まった人々は、その前日の夕食から行動を共にする。
今夜は気の済むまで話して故人を悼み、翌日にまず血縁者が、そしてあとは各自が墓を訪れ、懐かしむ。
丘の上食堂にも訪れた皆が集い、時折住人たちが顔を出す中、和やかに過ごしていた。
「一緒に出てもらうことになってすみません…」
セドラムたちのテーブルに食事を運びにいったククルがそう謝る。
面識はないがまだつながりのあるリックとロイヴェインとは違い、セドラムたち四人はリックを連れてくる為にここに来ただけだ。知りもしない者の命日に居合わせる羽目になり、気まずい思いをしてはいないかと心配していた。
「宿も無人ですが、部屋に戻ることはできますので…」
フィーナたちも既に店に来ており、今宿には誰もいない。
お茶はここから持っていくことになるが、部屋にいてもらう分には問題はない。
「いや、そちらが気にならないのであれば、いても構わないだろうか?」
穏やかな表情のセドラムがそう告げ、ディアレスたち三人もそれでいいと頷く。
「話を聞いているだけで、慕われていたのだとよくわかる。いい親御さんだったんだね」
思わぬことを言われ、驚くククルに。
セドラムは場を見回し、笑う。
「まぁ、それは娘の君にも言えることかな」
「私、ですか?」
「ああ。こうして皆が集うのは、君の為でもあるのだろう?」
その言葉に、ククルもゆっくり店内を見回す。
「……そう、なんでしょうか…?」
「少なくとも俺はそうかな」
黙って話を聞いていたディアレスが口を開いた。
「ククルとジェットさんに。喜んでもらえたらって思うよ」
「ディー…」
見つめるククルに笑みを返してのディアレスの言葉に、ククルはぎゅっと両手を握りしめる。
「…ありがとう……」
「ちょっ、ククルっ?」
伏せた瞳から零れた雫に、ディアレスが慌てて声を上げる。
「待って、泣かないで、ね?」
「ククル!」
うろたえるディアレスに皆の視線が集まる中、カウンター内からテオが声をかけた。
その声にはっと顔を上げ、ククルは自分で涙を拭う。
「ごめんなさい…」
まだ少し涙の残る瞳で微笑んで、ククルは頭を下げた。
「リーヴスさんに両親のことも私のこともほめてもらえて嬉しくて…」
「俺じゃなくて師匠のせい??」
「それにディーがあんなこと言うから、嬉しかったの」
「つまりはディーだと」
「テオ!」
口を挟んだテオに、本気で困惑したディアレスが名を叫んだ。
ひとしきり笑い、カウンター内へと戻ってきたククル。テオの隣に立ち、ありがとうと小さく呟く。
「ディーにはあとで謝っとくよ」
「うん。お願い」
ククルを見ないままのテオにそう返し、楽しげに話す皆を見て吐息をついた。
「…嬉しかっただけ」
「わかってる」
短い肯定に、ククルが微笑む。
「ホントよ?」
「わかってるって」
「あのさぁ」
カウンター席でふたりのやりとりを見ていたロイヴェインが、溜息と共に割って入った。
「も、いいかな?」
少し険しい表情で呟くロイヴェインに、ククルは慌て、テオは眉を寄せる。
「すみません、ロイ。何でしょうか?」
「…お茶、もらえる?」
(わかってたけど)
すぐ淹れますねと答えるククルを見つめながら。
ロイヴェインは続く溜息を噛み殺す。
今の自分がどんな気持ちかなんて、ククルが気付くはずもない。
自分に声をかけられて慌てた理由も、仕事中に客を放ったらかしにしてたから、だ。
ククルの涙を止めたひとことも。
そのあと弁解する相手も。
すべてテオなのか、と。
あまりに自然なふたりの姿に苛立って、ついキツめに声をかけてしまった。
慌てたせいもあるのだろうが、戻ってしまった口調が自分は客としてしか認識されていないことを示すようで。
詰めきれない距離に焦りを覚える。
いっそのことアリヴェーラのように共に働きでもすれば、もう少し近付くこともできるのだろうか。
「お待たせしました」
思考を遮るように、ことりと前にお茶のトレイが置かれる。
顔を上げると、視線に気付いたククルが微笑んだ。
「ありがと。…ごめんね」
自然に零れた謝罪に、ククルは怪訝そうに首を傾げるだけだったが。
向けられる優しい笑みに、少し気持ちが落ち着いた。




