三八三年 雨の十五日 ①
今日はあいにく小雨が降っていた。本降りでなくてよかったが、それでもククルは無事を心中祈る。
皆昼以降だとわかってはいるが、それでも落ち着かない気持ちのまま到着を待っていた。
まずは昼過ぎ、いつもよりは少し遅めにゼクスたちが到着した。
冷えただろうからと、荷を置きにいく間にお茶を淹れる。
程なく戻り、カウンター席に並んだ四人を見て、ククルは無事の到着に安堵した。
「こないだはありがとね」
ククルの真正面を陣取り、嬉しそうな笑みを見せるロイヴェイン。
「嬉しかった」
「喜んでもらえたならよかった」
お茶を出しながらククルも微笑む。
「皆さんもありがとうございます」
「いや、去年は来れなかったからな」
呟くゼクスが少し視線を落とした。
「全く、ランドもクライヴも。こどもを残して……」
ゼクスの口にした祖父の名に、ククルは祖父がギルド員だったことを思い出した。
「ゼクスさんたちは、祖父とも知り合いだったんですか?」
ククルの祖父、クライヴとジェットの父ランディック。生きていればゼクスと変わらぬ年だろう。
「親父が死んだときも来てくれてたな」
定位置でダリューンと共に話を聞いていたジェットが口を挟む。
ゼクスは顔を上げ、少し笑って頷いた。
「儂と同い年の同期だ。ギルドを辞めるのも、亡くなるのも。早すぎたがな」
祖父が亡くなったのはクライヴが成人した年だったと聞いている。
「アル…テオの祖父と儂が、ふたつ下で同い年の同期だな」
ノーザンがテオへとそう告げた。
「俺の…?」
テオの祖父アルヴァスは、アレックが学校に入った年に亡くなった。ギルド員という仕事柄留守がちのアルヴァスのことを、アレックはあまり覚えていないのだと聞いた。
「儂にとっては全員おっかない先達だったな…」
メイルが遠い目をして呟く。
思っていたよりも近い関係性に驚くククルとテオに、だが、とゼクスが続けた。
「イルヴィナのあの件以降、一度もここには来られなかった。できることならクライヴとも、またゆっくり話がしたかったがな…」
ゼクスの言葉に、無言のままのジェットの表情が少し翳る。
ゼクスたちがここに来なくなったのは、おそらくジェットを守る為。いざというとき自由に動けるように、表面上つながりを隠していたのだと、ジェット自身も気が付いているのだろう。
「まぁ、それはもう叶わないが。こうしてここにまた来られるようになったことは、本当に嬉しく思っとるよ」
ふたりを見て感慨深げに呟くゼクスと。
「ククルちゃんとテオとレムちゃんにも会えたしな」
「そうそう。知り合いも楽しみも格段に増えたな」
あまりしんみりしないようにとの配慮なのだろう、明るく続けるメイルとノーザン。
三人の祖父と父への思いと、今、ここに来ることを喜んでくれていること。
そのことを、ククルは心から嬉しく思う。
「…ありがとうございます」
礼を言うしかできないククルを宥めるように、テオが肩に手を置いた。
肩の手を少し羨ましくも思いながら、ロイヴェインは口を出すのはやめておく。
祖父たちと、ククルとテオの祖父たちとの関係。前に聞いてはいたのだが、今になって思うことがある。
もしククルの祖父が亡くなっていなければ。
もしイルヴィナの一件がなければ。
自分とククルにも、もっと違う関係があったのかもしれない。
(…それこそ、叶うことなんかないけどさ)
祖父の言葉を借りて、そうぼやく。
本音を言うなら、もっと早くに知り合いたかった。
そうすれば、今隣に立っているのは自分であったかもしれないのに、と。
そんなありもしないことを考える程、自分はテオの立ち位置が羨ましいらしい。
カウンターの中のククル。
カウンターの外の自分。
多分彼女が思うよりも、この距離は遠いのだから。
夕方になり、リックを連れたセドラムのパーティーが到着した。
「ジェット! ダン!」
「お疲れ」
嬉しそうに駆け寄るリックを、柔和な顔でジェットが迎える。
そのうしろから、セドラムとディアレス、そしてもうふたりが続いた。
「セドラム、ありがとな」
「いや、予定通りに仕事をしてるだけだ」
カウンター席で会釈するロイヴェインの姿に少し驚きながらも、そう言って笑うセドラム。前にここに来たときにはジェットと面識はないと言っていたが、どうやら仲良くなったらしい。
「また世話になるよ」
「こちらこそ、ありがとうございます」
かけられた声に頭を下げると、礼を言われることじゃないと明るく笑われ、今回はパーティーでお邪魔するよと初対面のふたりを紹介された。
話が一段落するまでうしろで待っていたディアレス。穏やかな笑みに、彼の訓練後の日々がいいものであったのだろうと感じた。
「テオ、ククル、久し振り」
ジェットたちとロイヴェインに挨拶をしてから、ディアレスはククルとテオに近付く。
「また来れて、本当に嬉しいよ」
「俺も会えて嬉しい」
いつも通り、拳を合わせるテオとディアレス。
「来てくれてありがとう」
隣で微笑むククルの言葉に、ディアレスも心からの笑みを見せた。




