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三八三年 雨の三日 ①

 朝、裏口から入ってきたテオに、ククルはおはようと告げる。

「絶対いつもより早いと思った」

 呆れたように笑うテオも、いつもより早く来てくれている。

「こっちやっとくから。お菓子の準備するんだろ?」

 こちらの行動をすっかり読み切っている幼馴染には、ありがとうと笑うしかない。

 素直に甘え、あとは任せて作業部屋に入る。

 アリヴェーラの為のチーズタルトの下準備と、彼らの両親へのお土産と。渡してもらえるならば、ゼクスたちにも。

 そう思い、作業を始めてすぐ。

 まだ鍵を開けてなかったはずの入口のドアベルの音に気付き、ククルは手を止めて店に出る。

「おはよう、ククル」

 にっこり笑って立つロイヴェインと、鍵を開けに出たのだろうテオが並んで立っていた。

「おはようございます、ロイ。早いですね」

「テオがこっちに来てたから。もう起きてると思って」

 見てたのかよ、と呟いたテオの声は、ククルには届かなかった。

「朝食、すぐ準備しましょうか?」

「急がないでいいよ。ククルは今からお菓子作るの?」

 頷くククルに、ロイヴェインがにっこり笑う。

「じゃあ、俺も手伝わせて」

「ロイ?」

「アリーのも作るなら。俺も手伝わせて」

「でも、ロイも今日―――」

 言いかけて言葉を切り、ククルは改めてロイヴェインを見た。

「まだ言ってませんでしたね。お誕生日おめでとうございます、ロイ」

 突然の祝いの言葉に驚いたようにククルを見返してから、ロイヴェインが笑み崩れる。

「ありがと」

 嬉しそうなその顔に、ククルは自身も笑みを見せた。



 結局押し切って手伝う許可を得たロイヴェインは、ククルと共に作業部屋へと向かう。

 知らないからな、とでも言いたげなテオの表情には少し引っかかるが、どうにかふたりになる時間を得られた。

 前を行くククルに、まずはどうしようかと考えていると。

「エプロン、忘れていました」

 くるりと振り返るククル。大丈夫と答えて伸ばした手に、はい、と麺棒を渡される。

「アリーのタルトは生地の敷き込みからなので。伸ばしてもらっていいですか?」

「え、と…うん」

 仕方ないので言われた通りにし始める。

 まだ始めたばかり、どうにか合間にと思っていたのだが。

 その後も流れるように作業を詰め込まれ、結局口説くどころか手すら握れず手伝うことになった。

(…こういうことか……)

 テオの表情の意味がわかった。

 しかし、すぐ傍で楽しそうに動き回るククルの姿に、これはこれでと思う。

「ククル」

 手を止めずに名を呼ぶと、どうしましたかと返ってくる。

 自分を見返す紫の瞳に、願いたいことはあるのだけれど。

「…もうすぐできるから」

 それは呑み込み作業の進捗を伝えると、ありがとうございますと微笑みが返ってきた。



 そろそろ朝食の客が来始める頃。

 思っていたより進んだ作業に、やはり人手があると違うなとククルは思う。

 以前パンケーキを焼いてもらったときにも思ったが、ロイヴェインは慣れているのか器用なのか、かなり手際がいい。

 なのでつい次々に指示を出してしまい、アリヴェーラのタルトどころかお土産用のパウンドケーキまで手伝わせてしまった。

「すみません、ロイ」

「いいよ。楽しかった」

 ロイヴェインはそう言って笑ってくれるのだが。

「祝うと言ったのは私なのに、こんなにやらせてしまって…」

 誕生日当日、しかも客に。持ち帰ってもらうための菓子を作らせてしまった。

 しゅんとするククルに、ロイヴェインは笑顔のまま一歩近寄る。

「気にしなくっていいんだけど」

「でも…」

「じゃあ、代わりにお願い聞いてくれる?」

「お願い、ですか?」

 顔を上げて繰り返すと、そう、と頷いたロイヴェインがククルの手を取った。

「俺にも、アリーと同じように話してくれない?」

 ぎゅっと手を握り込みながら、ククルを見つめてロイヴェインが続ける。

「ククルはその口調のほうが話しやすそうだったから言わなかったんだけど。やっぱり俺も、あんなふうに砕けて話してほしい」

 握る手に込められる力に、ロイヴェインが本気でそう願っていることは十分伝わって。

 おそらく自分が困ると思って、ずっと言い出さずにいてくれたのだろう。

 やはり気遣いに長けた人物なのだと、改めてククルは思う。

「…わかったわ、ロイ」

 そう口にすると、ロイヴェインが一瞬瞠目し、それからすぐに笑みを浮かべる。

「ただ、すぐ戻ってしまうのは許してね」

「もちろん!」

 握られていた手を引かれ、前のめりになったところを抱きしめられる。

「ロイっ?」

「何かもう、プレゼントもらった気分」

 ありがと、と耳元で囁いて、ロイヴェインはククルを解放した。



 朝食の客が一段落したところでレムが店に来た。

「アリー、ロイ、お誕生日おめでとう!」

 そう言って、レムはアリーに抱きつく。

「お祝いできて嬉しいよ」

「私も嬉しいわ」

 抱きしめ返し、アリヴェーラは笑った。

「アリー、誕生日おめでとう」

「おめでとう」

 アリヴェーラから離れ、レムがロイヴェインへと向き直る。

「ロイも! 誕生日おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとうございます」

 レムが持っていた包みをひとつククルへと渡す。

「これはアリーに。三人からだよ」

「これも三人からロイに」

 レムの手の包みはアリヴェーラに、ククルの手の包みはロイヴェインへと渡された。

「ありがとう! 今開けていいかしら?」

「ありがと。俺のもいい?」

 もちろんと頷く三人。

 アリヴェーラにはエプロンを。

 ロイヴェインには革の手袋を贈った。

「ククルとお揃い?」

 アリヴェーラのエプロンは青に近い緑の生地に、白いレース。

 初めてここに来たときにエプロンをつけてはしゃいでいたアリヴェーラなら、と思ったのだが。

 満面の笑みでエプロンを抱きしめるアリヴェーラに、喜んでもらえてほっとする。

「ここに置いててもいいけど…」

「嬉しいから持って帰るけど持ってくるわね!」

 家でも使うから、と楽しそうに宣言し、アリヴェーラはもう一度礼を言ってくれた。

 訓練でこちらに来ることも多いロイヴェインには、馬に乗るときに使ってもらえればと思い、革手袋を選んだ。ライナスではセレスティア程選択肢はないが、店主があるだけの商品を貸し出してくれたおかげで三人で選ぶことができた。

「…ありがと。何かこうやって選んでもらったのを贈られるって、嬉しいんだね」

 手袋を見ながらぽつりと呟くロイヴェイン。

「うちは申告制だからね」

 ある程度成長してからはほしいものを買ってもらうことにしたのだと、アリヴェーラが説明する。

「ホントに嬉しい」

「うん。ありがとね、三人共」

 嬉しそうなふたりに、ククルたちも顔を見合わせて笑った。



 レムが宿へ戻り、ある程度仕込みを済ませたテオも渋々宿の仕事に向かった。

 店に残るロイヴェインは、同じく隣に座るアリヴェーラに無言で訴える。

 しばらく横目で見返していたが、アリヴェーラは小さく息を吐いて立ち上がった。

「レムのところに行ってくるわね」

 アリヴェーラがククルにそう告げて店を出るのを見送ってから、カウンター内のククルを見つめる。

「そっち側行ってもいい?」

「こちらにですか?」

 いつも通りの口調が出てしまい、すみませんと謝るククル。その様子に笑いながら、いいよと答える。

 恥じらう様子も、本当に。

「いいけど、何もないわよ?」

 あるよ、と小さく返して。ロイヴェインは礼を言って立ち上がった。

「訓練前に俺が言ったこと覚えてる?」

 カウンター内へ入り、ククルの隣に立つ。

「訓練前に?」

 繰り返すククルにそうと頷き、肩に手を置く。

「のんびり待つ気はないって」

 くっと軽く肩を押して上半身をこちらを向かせ、少し屈むように顔を寄せた。

「好きだよ」

 びくりとして引きかけた肩を掴んでその場に留め、それ以上距離は詰めずに瞳を細める。

「ククルが好き」

「ロイっ」

 赤くなる頬。慌てた声。

 これ以上近付くと怯えさせるかもしれないので、距離は保って。

「口説くって言ったよね?」

「ロイ!」

「ごめんね? でもかわいい」

「ロイ、やめて…」

 静止の言葉に、ロイヴェインは動きを止め、肩から手を離す。

「はぁい」

 半歩だけ下がるが、視線はククルに向けたまま。

「また次に、かな」

「…もうやめて…」

 赤い顔で瞳を伏せるククル。

「だって。好きだから」

「ロイ……」

「わかった。今日はもうやめとく」

 困った様子もかわいいが、これ以上はやりすぎだろうと考えて。

「困らせてごめんね」

 かわいかった、とつけ加えるのはやめておいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ちゃんとテオもロイヴェインのプレゼントを選んであげるの、えらい。  ロイヴェインも料理ができる……。ポイントは高いですね。笑    押しに弱ければ……。  テオも気が気じゃないですσ(…
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