三八三年 雨の二日
予定通りの夕方着で、ロイヴェインとアリヴェーラがライナスへと来た。
「ククル〜!」
少し髪の伸びたアリヴェーラが、カウンターから迎えに出たククルに抱きつく。
「会いたかった! 元気にしてた?」
「ありがとう、アリー。来てくれて嬉しいわ」
抱きしめるアリヴェーラの肩越し、出遅れたロイヴェインと目が合った。
「ロイも。来てくれてありがとう」
「…うん、俺も会えて嬉しい」
瞳を細めて、噛みしめるように呟くロイヴェイン。
「とりあえず座れば?」
カウンターの中、呆れたようにテオが告げた。
アリヴェーラは宿のレムにも来訪を告げに行き、あとでと言って店に残ったロイヴェインはカウンター席の真ん中に座る。
「今回は訓練じゃないからね」
テオの視線には気付かぬ振りで、ククルを見つめた。
「楽しみにしてたんだ」
口説くつもりだと告げたつもりであったのだが、ククルはわかってますよと笑って。
「ちゃんとお祝いしますからね」
「それも嬉しいけどさ」
ククルらしい返答に少し苦笑いして、仕方ないなと瞳を細める。
「ホント、わかってないよね」
「何がですか?」
「手、出してくれたら教えるよ」
首を傾げながら伸ばしかけたククルの手を、隣のテオが掴んで止めた。
「からかうなよ」
「テオには関係ないだろ」
睨んでぼやくが意に介さず。ククルの手を下ろし、テオは息をつく。
「関係なくても。ククルが困るのわかってて見過ごせない」
「いいだろ、たまになんだから」
四六時中傍にいられるお前とは違うんだと、恨みがましい思いを込める。
「俺はのんびり待つ気はないんだよ」
「それこそ関係ないな」
「テオ! ロイ!」
一際低くなったテオの声に、慌ててククルが間に入った。
戻ってきたアリヴェーラは、少しピリつく空気に肩をすくめてロイヴェインの隣に座った。
困り顔で見るククルを宥めるように笑みを見せる。
「前の訓練は来れなくてごめんなさい。どうしても駄目だっておじいちゃんたちに言われちゃって」
来たかったのに、と呟くアリヴェーラを横目で睨み、仕方ないだろとロイヴェインが口を挟む。
「アリーが俺のフリとかするからだろ」
「うるさいわね」
少し和んだ雰囲気に、ククルは内心ほっと息をつく。
「会えなかったのは残念だったけど。気にしなくて大丈夫よ」
「そうそう。お菓子の量も減らさなかったもんな」
「テオ!」
ごめんと笑うテオを睨むククル。相変わらずねと微笑んで、アリヴェーラはふたりを順に見やった。
「おじいちゃんからも確認するよう言われてるんだけど。訓練後は何もなかった?」
尋ねられたふたりは顔を見合わせる。
「昨日来たんだ」
「来たって…」
顔を上げたロイヴェインに、ククルも頷く。
「警邏隊の人がひとりで。いつも通り、食事をして帰っただけで…」
ジェットには今朝手紙を出した。おそらくゼクスにも知らせが行くだろう。
「ほんっと、気持ち悪いわよねぇ…」
心配そうな眼差しを向けるアリヴェーラ。しかし今のところ何の害もなく、ただ食事に来ているだけ。警戒のしようがない。
「もうすぐエト兄さんたちも来てくれるから」
大丈夫よと、ククルはふたりに笑いかけた。
アリヴェーラは今回も食堂の二階に泊まることになった。レムも呼んで三人で話すのだと浮かれる姉を横目に、ロイヴェインは荷物を置きに宿へと向かう。
店を出て、大きく息をつく。
テオに、アリヴェーラに。
仕方がないとは思うのだが、全くククルとふたりで話せない。
しかも、今回ひとりで行こうとしていたことをククルにバラさない代わりに、次の祖父のお供役をアリヴェーラに譲ることになった。
彼女の両親の命日にまで口説くつもりはないが、会う機会が減るのは正直悲しい。
待つつもりも遠慮するつもりもないのは本心だが、だからといって何ができるかというわけでもなく。
帰路につくのはあさっての朝。
それまでにどうにかふたりになれる時間がほしかった。




