三八三年 祝の四十八日 ②
閉店作業は手伝わせてとテオが言い張り、ふたりでいつも通りに作業をすることになった。
「ごめんね、テオ。結局最後まで」
「俺がやるって言ったんだから。気にすんなって」
謝るククルにテオが笑う。
どこまでも優しい幼馴染に、ククルの笑みが少し曇った。
今日は彼の誕生日だというのに、こうして嫌な顔ひとつせず店を手伝ってくれている。
彼が本当にしたいことは、店を手伝うことではないかもしれないのに。
自分がひとりで店を開けることができないから。
ここと宿の明かりを消したくないという自分のわがままの為に、一年も彼を縛りつけてきた。
それを当たり前だと思ってきた。
どこまでも優しい彼は、本音を言えないだけかもしれないのに。
「……無理してない?」
小さな呟きに、テオが手を止めた。
「ククル?」
「我慢、してない?」
怪訝そうに眉を寄せて、テオがククルに近付く。
「ククル、何を…」
「…訓練でね、テオ、嬉しそうだったから」
テオを見上げて微笑むが、あまり上手く笑えなかった。
「本当はここにいるより、ギルドに入りたかったのかなって」
瞠目するテオに、やはりそうなのかと思いながら。
「…私はテオの邪魔をしてるんじゃない?」
視線を落とし、ククルが呟いた。
テオは愕然と立ち尽くしていた。
何を言われたのかわからなかった。
誰がギルドに入りたいと?
誰が邪魔をしてると?
何をどうしたら、そんな勘違いができるのか。
言いたいことが多すぎて、何から言えばいいのかわからない。
うつむくククル。彼女なりに思い詰めての言葉なのだろうが。
あまりにも蔑ろな己の気持ちが悲しくて。
言葉より先に、手が出ていた。
目の前の身体を引き寄せ、抱き込んで。
ありったけの想いを腕に込める。
「テ、テオ?」
身じろぐククルをさらに強く抱きすくめ、ばか、と呟く。
「俺はここにいたいんだ。ククルの隣にいたいんだ」
ほかのところに行きたいなんて、言った覚えも願ったこともない。
「俺は! ククルの傍にいたいんだよ」
ずっと、ずっと、ただそれだけを。
自分は願ってきたというのに。
「…何で、そんなこと言うんだよ……」
こんなにも、わかってもらえていなかったのかと。
絶望に近い落胆がのしかかる中、テオはククルを抱きしめたまま、それきり黙り込んだ。
テオの腕の中、ククルは告げられた言葉を考える。
「…ギルド員に、なりたいんじゃなかったの…?」
呟くと、頭上から溜息が降ってきた。
「だから何で」
「訓練でほめられて、すごく喜んでたから」
再度溜息が落とされる。
「ずっとほめられても素人にしては程度だと思ってたから。確かに嬉しかったけど、それだけだから」
まだ少し怒り調子のテオの声。
「何で勝手にそんな勘違いしてんだよ」
「…だって、テオ、言わないから」
抱きしめられ、互いに顔が見えないまま、ぽつりとククルが呟く。
「テオは私に気を遣って、全然本音を言わないから…」
今度は溜息は落ちてこなかった。
代わりに捕らえる腕の力が少し緩む。
「…私の為に、店の為に、我慢してるんじゃないかって……」
「してない」
ぎゅっと、再び強く抱きしめて。
「俺が、ここにいたいんだ」
言い切ったテオに、うつむいたままのククルがようやく表情を和らげた。
「…いてくれるの?」
「ククルがもういらないって言うまで居座るよ」
冗談めかした言葉でも、声音は真剣で。
自然に零れる笑みの中、ククルはよかったと小さく呟いた。
我に返ったテオが焦ってククルを解放する。
「ごっ、ごめん…」
「ううん。私こそ勘違いしてごめんね」
お互い少し赤くなりながら謝って。
吐息をつき、ククルがテオを見上げた。
「テオ。何かあるなら教えてね?」
「ククル?」
「店のことばかりじゃなくて。テオはテオのやりたいことをすればいいって、前に言ったでしょ」
二回目の訓練時、参加を渋る自分にククルが言った言葉。
それを告げられ、今回ククルが妙な勘違いをしたのは、ロイヴェインとのことを気にする自分の様子に気付いたからなのだと知る。
尋ねたいけど、尋ねられない。
その気持ちが透けてしまっていたのだろう。
(…教えてくれないのは、ククルもなのにな)
じわりと滲んだ言葉は呑み込み、わかってる、と返す。
「もうちょっとだろ。終わらせよう」
切り替えたテオにククルも頷き、残る閉店作業を進めた。
あとは施錠を確認するだけ。入口前、ククルは急に思いつく。
「…ちょっと出る?」
そう呟き、突然のことに少し驚くテオを残して扉を開け、外に出た。
まっすぐ進んで町を見てから振り返る。ついてきてくれたテオのうしろ、食堂と宿の明かりが見えた。
ここにいたいと、迷わず言ってくれたテオ。
それがとても嬉しかった。
「ありがとう」
少しきょとんと見返すテオに笑みを向ける。
「テオが我慢してるんじゃなくてよかった」
自分の為に仕方なく、ではなく。ここにいたいと思ってくれていることが嬉しかった。
「いくら家族同然っていっても。私はテオに甘え過ぎなのかもしれないけど」
見返すテオの表情が翳ったことに、ククルは気付かなかった。
家族同然。
告げられた言葉にテオは苦笑する。
もちろん、異論はない。
ないけれど。
「…ククル」
「何?」
「家族同然って言ってくれるなら。俺に遠慮しないで」
唐突な言葉に首を傾げるククルをまっすぐ見つめる。
「この店は俺にとっても大事な店だから。ククルが誰を選んでも、家族として俺を使ってくれていいから」
「テオ? 何を…」
「そのときは、俺も家族として接するから」
「テオ? さっきから何言ってるの?」
うろたえるククルに、一歩歩を寄せ。
「後悔してた」
ぽつりとテオが零す。
「クライヴさんたちが亡くなったばかりなのに、自分勝手に告白したこと」
ククルが息を呑んだのがわかったが、そのまま続ける。
「…こんな状況になるなんて思わずに、聞き流してって言ったこと」
抱きしめて、傍にいたいと訴えても。
家族同然だからだと。そう流されるのなら。
「もう一度言わせて。今度はちゃんと聞いて」
想いを告げても告げなくても、同じではないのかと。
―――そう、思った。
だから、それなら。
「俺はずっと、ククルのことが好きなんだ」
想いを受け入れてもらえないときには、ただの家族同然になる覚悟を決めよう。
彼女が誰を選んでも、笑って店に立つ覚悟を決めよう。
簡単なことではないと、わかってはいるけれど―――。
目の前の、紫の瞳を見開いて自分を見るククル。
予想通りの反応だと思いながら。
「ククルが誰かを選ぶまで。待つって言うとククルは困るんだろうけど、そうとしか言えないから」
伸ばしそうになった手は、何とか堪える。
「困らせてごめん。でも、好きなんだ。だから」
その間に、自分も覚悟を決めるから。
それまでは。
「待たせてほしい」




