三八三年 祝の四十八日 ①
朝、いつも通りの時間に店へと向かうテオ。
家を出たところで、待っていたククルとレムに迎えられた。
「テオ、誕生日おめでとう」
「お兄ちゃんおめでとう」
「ありがとう」
毎年のことなので特に驚きはしないが、それでもこうして祝われるのは照れくさくも嬉しい。短く礼を言うと、レムにくすっと笑われた。
「はい、プレゼント。あとで見てね」
手にした包みをテオへと押しつけ、行ってくるね、とレムは慌ただしく宿へと行った。残されたテオとククルは顔を見合わせ、笑う。
「私は店で渡すわね」
そう言って歩き出すククル。一歩遅れて歩き出し、ふたりで食堂に入る。
そのまま厨房へと来たククルは、置いてあった細長い箱を手に取り、振り返った。
「おめでとう、テオ」
「ありがとう…」
レムからの包みを一旦置き、差し出された箱を両手で受け取る。
「開けていい?」
もちろんと頷くククルを見てから、包みをはがし、箱を開ける。
中には銀色に光る、名入りの調理用ナイフが入っていた。
「店にはテオ用のナイフ、なかったから…」
テオが店で使っているのは、元々クライヴが使っていたものだ。
もちろんそのことに不満などなかった。しかし。
「…ここに置いていいんだ?」
己の名の刻まれたそれを見つめながら、ぽつりとテオが問う。
「その為にと思って」
即答してくれるククルに、テオはぐっと箱を握る。
自分はここにいていいのだと。
隣に立っていていいのだと。
そう認められたような気がした。
「…嬉しい。ありがとう」
視線を上げられないまま礼を言う。
きっとククルにそんなつもりはない。
しかしそれでも、自分にとっては。
「…ホント、嬉しい……」
間違いなく、肯定であった。
喜んでくれたテオに、ククルはほっとする。
ナイフを贈ることはかなり前から決めていた。しかし前回の訓練中から、これでいいのかとかなり悩んでいた。
これを渡してしまうと、テオをここに縛りつけることにならないか、と。
本当に嬉しそうに受け取ってくれたテオに、自分が考えていることが杞憂なのかもしれないとも思ったが。
確信はなく。疑念も晴れたわけではなく。
しかし今は、嬉しそうなテオの表情に。
喜んでもらえてよかったと、心から思った。
レムからのプレゼントは恒例のエプロンであった。ククルの青いエプロンより数段濃い藍色の生地だが、同じ系統色を選んだのはおそらくわざとなのだろう。
(…レムの奴……)
悪気もからかう気もないのだろうが。誰かに揃いではないのかと指摘されでもしたら、そのあとが使い辛い。
しばらくはククルとずらして使うかと思いつつ、テオはエプロンを畳んだ。
夕方までは普通に過ごしていたのだが、そこからは『お客様』しててとカウンター席に追いやられた。
「別にいいのに」
祝ってもらえないと拗ねる程こどもでもない。むしろこの状態のほうが気恥かしいのだが。
「私は祝ってもらったんだから」
微笑んでそう言われ、断れなかった。
訪れては祝ってくれる住人たちと話しながら、カウンター内のククルを眺める。
手際のよさはまだ全然敵わない。体力があるのでなんとかなっているだけだ。
(まだまだだな…)
独りごち、普段はなかなかゆっくり見られない手元を観察する。
「…見過ぎよ」
苦笑するククルにごめんと笑い、気を取り直して食事を頼む。
ククルと同じ、シチューがけのオムレツ。
「オムレツはテオのほうが上手だけどね」
「そんなことないと思うけど」
不意にほめられ、謙遜しつつも本音は嬉しく。
もらったナイフに恥じないように。
彼女の隣に立つに相応しい自分になりたいと。
改めて、そう思った。




