三八三年 祝の四十二日 ①
帰る訓練生たちを見送りに出たククルとテオ。
ボルツと共にやってきたレンディットとセラムが、ありがとうと礼を言う。
「ホント楽しかったぁ!」
「うん。来られてよかった」
ふたり揃って出された手に、ククルも手を差し出す。
「ありがとう、ククル」
握手をし、笑うレンディット。
「…俺もいいの?」
年の差を気にしてだろう、ここにきてためらうセラム。
「もちろんですよ」
すぐにうなずいたククルに、ぱっと表情を綻ばせて。
「ありがとう。じゃあ、ククル、またね」
同じく手を握り、軽く振ってから。
「ちょっとは人の意見も素直に聞きなよ?」
笑顔でそう言い、テオに拳を向ける。
「そうそう。皆認めてくれてるんだから」
言い聞かせるように告げ、レンディットも拳を出す。
「わかってる。ありがとな」
順番に拳を合わせ、テオも笑った。
最後にボルツが世話になったと頭を下げ、三人はその場を離れる。
見送る晴れやかな表情のテオに、ククルもそっと笑みながら、昨日の疑念を心に沈めた。
「ありがとうございました!」
口々に礼を言う訓練生たち。マジェスもククルへと頭を下げる。
「ありがとう。色々と助かった」
「いえ。お役に立てたならよかったです」
微笑むククルから少しぎこちなく視線を逸らしながら、マジェスはテオに向いた。
「聞きそびれていたことがある」
ぶっきらぼうなこの物言いにも慣れてきたなと思いつつ、テオは真剣に自分を見据えるマジェスを見返す。
「何?」
「テオはどうして己を鍛えたんだ?」
問われて浮かぶのは、自分の隣の彼女の姿で。
初めこそ男手だからという理由だったかもしれない。でも、今は。
「…そうありたいと思ったから、かな」
いざというときに、彼女を守れる自分でありたい。
ただ、それだけなのだから。
曖昧なテオの答えに、それでもマジェスは満足そうに頷いて、そうかと笑う。
「これからも互いに精進を」
「ああ」
こつんと拳を合わせ、テオも笑った。
「クゥ〜!」
相変わらずの調子でククルを抱きしめるジェット。慣れない訓練生たちからは驚きの目を向けられるが、本人は気にした様子もない。
「雨の月、八日から休みだから。すぐ来るからな」
「ええ。待ってるわね」
軽く背を叩いて宥めて離れてもらい、隣で微笑ましげに眺めるダリューンを見上げる。
「ダンも一緒に来るでしょう?」
「ああ」
今回ジェットだけではなく、パーティー全員が休みをもらってはいるのだが、日数はそれぞれジェットとパーティーを組んでいた年数となっていた。
ジェットと同じく二十一日間の休みをもらったダリューン。ずっとジェットと共に戦ってきた彼の辞退は周りが許さなかった。
「俺は十五日くらいからお邪魔するよ」
十一日もらえた休みの半分を返上したというナリス。自分はジェットの悲願に貢献できていないから、というのがナリスの言い分だそうだ。それでも半分に留めたのは、おそらく。
「わかったわ。ありがとう、ナリス」
時期からしても、その目的は明確で。
微笑むナリスを見返して、ククルは礼を言う。
「俺は雨の月は来れないけど。またジェットと来るから」
一日の休みを迷うことなく断ったリックは、ジェットがいない間はディアレスのいるセドラムのパーティーに身を寄せるそうだ。
「ディーのとこか!」
驚くテオに、そう、とリック。
「リーヴスさんとディーによろしくね」
「うん」
楽しみにしてるんだ、とリックは笑った。
ジェットたちと入れ替わりでやってきたウィルバートは、お疲れ様でしたとふたりに頭を下げた。
「滞りなく終わりました。ありがとうございます」
そう言ってから、少し周りを気にして声を潜める。
「ジェットから休みのことは聞いてると思うけど。俺も今のところ五日もらえそうなんだ」
ジェット付きになってからは五年のウィルバート。たまには休めということで、全日取ることになったらしい。
「日程はまた知らせるけど。ここに来て、もしレザンにも寄れそうなら、またお土産頼んでもいい?」
「もちろんですよ」
頷くククルにありがとうと微笑んで。
「…聞きたいことも、言いたいことも。たくさんあるんだ」
「…ウィル?」
瞬間よぎった翳りはすぐに消され。
笑みだけを残し、ウィルバートは切り替えるように軽く息をつく。
「次は動の月に入ってからを予定していますので。よろしくお願いします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
潜めた声は元に戻しても、慌てて返すククルを見つめる眼差しだけは、まだ少し熱を孕んだまま。
「では、また」
最後にゼクスたちに挨拶をする。
「雨の月は訓練はないが、ジェットがいるとなると大変だろう?」
そう言って笑うゼクス。
「来てもらえて嬉しいですよ」
素直にそう返すと、そうか、とさらに笑みを向けられる。
「儂らも来れたら、と思っているのだが。迷惑ではないか?」
思わぬ言葉に驚いて、ククルはゼクスたちを見た。
三人は和やかに笑み、答えを待ってくれている。
「迷惑だなんて…。…ありがとうございます……」
礼を言ったきりうつむいたククルの背を、ぽん、と軽くテオが叩く。
顔を上げて、テオを見て。
ふっと表情を和らげ、ククルは再度礼を言い。
「お待ちしてますね」
今度はしっかりと、頷いた。
全く、とばかりに仕方なさそうな笑みを向けるテオと、むくれとはにかみを混ぜた眼差しを返すククルを。
ゼクスたちの一歩うしろで見ていたロイヴェインが、溜息を呑み込み、前へ出た。
「次から内容キツくするからね?」
テオに向かって宣言し、笑みを浮かべる。
「もう素人だからとか言わないでよ」
「わかってる」
短く返すテオの肩に手を置き、少し引いて。
「訓練前に話したこと、忘れてないよな」
低い声で告げ、笑みと共に見下ろす。
我ながら狭量だとは思いながら、それでも少し意地悪がしたかった。
案の定顔色を変えたテオに、それでも気持ちは晴れないが。
逃げるように視線を逸らし、ククルを見やる。
「ありがとね」
「いいえ。ロイもお疲れ様でした」
向けられた笑みを今はまっすぐ見返せず、うなだれた視界に入ったククルの手を取った。
「ロイっ?」
「雨の月。またすぐ来るから」
慌てる声に逃さぬよう手を握り込み、顔を見ずに小さく呟く。
「訓練じゃないからね。遠慮しないよ」
「ロイ?」
怪訝な声に顔を上げると、どうやら聞こえなかったらしく、首を傾げるククルと目が合った。
きょとんと見返すその瞳に、毒気を抜かれて息をつく。
「楽しみにしてる」
そう言い換え、ロイヴェインは微笑んだ。




