三八三年 祝の四十一日
今日は午前中に参加のテオと共に、一同が食堂の裏に集まった。
「いつもはジェットとナリスに打ち込みするんだけど、テオは参加できないから見てるだけなんだよね」
そう言ってから、ロイヴェインがテオを見る。
「模擬戦、やる?」
もう自分の力はわかっているだろうと、声もなく告げられ。
「いいなら。やりたい」
頷くテオに、ロイヴェインが口角を上げる。
「じゃあ打ち込みは午後にね。課題は連携。ジェットたち対こっち十二人でいいよね」
「人数差ひどいな」
「英雄さんが何言ってんの」
ぼやくジェットを一笑に付し、ロイヴェインは訓練生たちを集めて距離を取った。
「俺は駒として参加するから。どうするかは皆で決めて」
そう言い一歩下がるロイヴェイン。
主導権を握るつもりのないテオも口を閉ざし、残る十人の中、自然とレンディットが中心となる。
「間違いなくロイヴェインさんが一番強いんだけど、これは俺たちの訓練だからなぁ」
そう呟き、皆を見回す。
「頼ってばかりもいられないよね?」
見返す視線を肯定と取り、レンディットはにっと笑った。
「始めっ!」
ゼクスの合図で一斉に走り出す。
まっすぐダリューンの前へと突っ込むロイヴェイン。足を止めさせ、笑みを浮かべる。
「荷が重いけど。お相手願うね」
応える代わりにダリューンが踏み込む。
セラムがふたりでリックを落としにかかる一方、助けに入ろうとしたナリスの前にテオが立つ。
挑む側だからと本気で打ち込むが、やはり軽くあしらわれる。間髪入れずに追撃をかける三人と共に、四人がかりでどうにかリックから引き離した。
レンディットは残る訓練生とジェットに向かう。
「ご指導よろしくお願いしますっ」
言いつつ真っ先に飛び込んだのはマジェス。
「おぅ、かかってこい!」
楽しそうにそう返し、ジェットが構えた。
リックを落としたセラムたちがジェット攻略の加勢に行く。
「ダン!」
一対七の状況に、ジェットが名を呼んだ直後。
体躯に似合わぬ速さで沈み込んだダリューンが踏み込むのを見、咄嗟に右に跳んだロイヴェイン。そこからさらにうしろにもう一跳びしたところへ、動きに合わせ軌道を変えたダリューンに追いつかれる。
右腕と左肩を掴まれた瞬間、踏ん張るひまさえなく視界が反転し、背中に衝撃を受けた。
引き倒されたとロイヴェインが気付いたときには、目の前にいたはずのダリューンは既におらず。起き上がると、ジェットの下へと移動して半数程の訓練生の相手を請け負っていた。
「そっちが連携してどうするんだって」
苦笑してぼやきながら視線を巡らせると、状況に気付いたナリスがテオたちを少しずつジェットの下へと誘導しているところで。
こうなってしまっては、あとは疲れるまで三人に模擬戦という名の指導をされるだけである。
伊達に長年パーティーを組んでいないなと。
座り込んだままロイヴェインは独りごち、成り行きを眺めることにした。
訓練生たちよりひと足早く戻ってきたテオ。
疲れた、と笑いながらも見せる表情は清々しく。楽しかったようだとククルは思う。
「疲れたなら―――」
「大丈夫」
問う前に答えられては笑うしかない。
「無理しないでね」
「わかってる」
短く返し、手を動かし始めるテオ。
己の実力を把握してからのテオは、毎回楽しそうに訓練に向かっていた。
その様子に、もしかして、と思う。
もしそうならば、自分はどれだけテオの好意に甘え、迷惑をかけているのだろうかと。
ざわりと波立つ感情に、ククルは少し視線を落とし。
確かめる勇気のない己に心中嘆息した。
昼食に来た訓練生たち。マジェスはまっすぐテオの前へと行き、拳を突き出す。
「また再戦をお願いする」
午前最後、約束通りのマジェスとの手合わせは、やはりテオの勝ちで終わった。
懲りないマジェスに向けられるテオの視線は、どこか嬉しそうで。
「いつでも」
そう言い、拳を合わせる。
「結局テオの勝ち逃げだったね」
やるだけ無駄だよ、とセラムが毒づく。
「俺たちもまだまだだねぇ」
瞳を細めて笑って、レンディットはぐるりと全員を見回した。
「まぁでも。楽しかった」
「まだ午後残ってるって」
呆れたような言葉に反して穏やかなセラムの声に、わかってるとレンディットが返す。
「もうちょっと長くてもいいのにねぇ」
しみじみ呟いたその言葉に、全員が頷いた。
昼食後、皆が午後の練習に出ている間にお茶の準備をする。
菓子の量を見てもテオが何も言わなくなったが、呆れられたのではなく、適切な量であったからだと信じたい。
菓子を並べ、お茶を淹れる準備をするうちに、午後前半の訓練が終わった。
「ククルちゃん、今回もありがとう」
毎回このお茶の時間に礼を言いに来てくれるゼクスたち。律儀な三人に、いいえとククルが返す。
「私も楽しかったです」
そうかと一度笑ってから、ゼクスはすっと表情を引き締める。
「訓練絡みと聞いたが。少し間を開けようか?」
心配してくれていることは、十分わかっているのだが。
「いいえ」
喜ぶ訓練生たちを見ながら、ククルは首を振った。
「できれば続けてください」
気を遣ったわけでも、取り繕ったわけでもない、心からの言葉に。
ゼクスは息をつき、そうかと笑う。
「では次回は、動の月に」
滲む喜びと安堵の響きに、ククルも笑い、頷いた。




