三八三年 祝の三十八日 ③
テオとふたりで何とか遅れを取り戻し、訓練生たちの夕食に取りかかる。
やがてやってきたマジェスは、テオを見て笑った。
「最終日にもう一戦お願いする」
唐突な申し入れにしばらく呆けて見返してから。
「わかった。受けるよ」
穏やかな声でテオが返す。
「あ、じゃあ俺も!」
「俺はいいや」
「じゃあセラムさん、俺たちと一緒に一対八とか」
「いやだよ。負けるもん」
「そこを何とか!」
テオだけでなく、レンディットとセラムもすっかり馴染んだ様子に、ククルはよかったと笑みを見せる。
「ククル?」
怪訝そうなテオに何でもないと返し、ククルは調理の仕上げに取りかかった。
そんなククルを見やってから、マジェスがテオに話しかける。
「それにしても。ククルさんはなかなかにその…男気のあるというか何というか」
どういう意味だろうかと内心首を傾げるククルをよそに、テオはわざとらしく息をつく。
「あのなぁマジェス。言っとくけど、ここの関係者でククルに勝てる奴なんていないからな」
「テオ??」
何を言い出すのかとテオを見ると、にっこりと笑われる。
「ジェットに説教するもんな?」
「えっっっ」
訓練生たちの視線が一気に自分に向けられた。
「テオ!」
どうしてそう誤解を招くような言い方をわざわざするのかと。
むくれるククルに、テオは笑いながらごめんと謝る。
「でも本当に…って、そっか、レムがいたか」
「レム?」
「ククルが勝てない相手」
無邪気な幼馴染を思い浮かべ、ククルはテオを見る。
「テオは勝てるの?」
ぽそっと問われたテオは、少し考えて。
「…無理だな」
そう、言い切った。
ロイヴェインが訓練生たちを追加訓練に連れていき、入れ違いにゼクスたちとボルツがやってきた。
午後の訓練の内容を変更してもらったことを謝るテオに、ゼクスは全く、と笑う。
「儂らも常々ほめはしてたと思うんだがな」
「すみません…」
呆れ顔の三人に、テオは苦笑するしかない。
「気持ちはわからんでもないがなぁ…」
「そもそも、素人云々と言うならアレックはどうなる」
ノーザンの言葉に、噂の、とボルツが呟く。
リーダーたちにまで広まっているのかと、ますます苦い思いをするテオ。
アレックも許可をしたというが、ここまでの想定はしていなかっただろうなと思う。
「まぁほかにも色々あるようだし、二年目もひと通り終えたことだし。次の訓練をするかはしばらく様子を見てもいいんだが…」
警邏隊のことを言っているのであろうゼクスに、テオは頷かずにわかりませんと返す。
「どうするのがいいかは、俺が言うことではないと思いますが…」
ギルド、ゼクスたち、ライナスの町。
ここでの訓練に関わるのは、この場にいるものだけではないのだから、すぐに決められるものではない。
しかし。
「俺としては、続けてほしいです」
正直毎回色々ありすぎではあるが。
ククルと準備に追われるのも。
ギルド員たちと共に訓練を受けるのも。
また来ると笑ってくれる皆を見送るのも。
楽しいと、思っているから―――。
テオの言葉に、少しだけ嬉しそうに表情を和らげて。
ゼクスはそうかと返した。
ゼクスたちが食べ始めてしばらく、時間をずらしてくれたのだろう、ジェットたちとウィルバートが来た。
「クゥ、リックの分、ロイと一緒に出してやって」
姿がないリックは、昨日ジェットが追加訓練に参加したと聞き、いいなら出たいと言い出したそうだ。
「わかったわ」
頷くククルに礼を言って、ジェットはテオを見る。
「悪かったな、テオ。気付いてやれなくて」
「ジェット?」
「ほめてるつもりだったんだけど。難しいのな」
そう笑って。
「これまで何人も弟子取ってきたけど。こんなヒネたのいなかったもんな」
「どういう意味だよ」
ぼそりと返すテオ。
冗談だってと言いながら、ジェットは既に席に着くダリューンの隣に逃げた。
からかいすぎだと窘めるダリューン。
ひとこと多いんですよと呆れるウィルバート。
入口側を向いてうつむいて、おそらく笑いを堪えているナリス。
半眼のまま見送ったテオは、息をついて辞色を和らげ、自分も準備を始めた。
訓練を終えて来たロイヴェインにも似たようなことを言われ、どうにもむずがゆい夕食時間を何とか終えて。
閉店作業も終え、入口の施錠を確認し、ククルとふたり裏口へと向かう。
ジェットはまだ宿でゼクスたちと話をしているが、裏口の鍵は持っているので閉めてしまっても大丈夫だ。
「じゃあ、明日はちょっと早く来るから」
「ありがとう。でも疲れてるならいいからね」
「わかってる」
心配するククルに頷いて。
「おやすみ、ククル」
「おやすみなさい」
互いにそう言い、扉が閉まる直前。
「よかったわね、テオ」
ぱたりと閉まった扉の前で、施錠の音を聞きながら。
しばらく立ち尽くしていたテオが、そっと裏口の扉に両手をついて、うなだれた。
「…ありがとう」
扉前、そっと微笑み。
ククルは厨房に戻る。
あまりやりすぎるとテオに怒られるが、ジェットが帰ってくるまではと思い仕込みを進める。
案外早く戻ってきたジェットが、作業部屋を覗き込んだ。
「起きててくれたのか?」
「もう終わるわ」
手を止めて片付けるククルに、よかったと告げる。
「ゼクスさんたちがさ、どうやって収めたのか聞いてこいって言うんだよ」
「収めた?」
「テオたち。クゥ、何か言ったんだろ?」
そう言われ、ククルは首を傾げる。
「何があったかのかを聞いただけよ」
またそれか、とジェットは苦笑する。
「聞いてから?」
「マジェスさんがどうして怒ったのかを聞いたレンとセラムが、話をまとめてくれたわ」
「クゥは?」
「だから話を聞いただけよ?」
眉間にシワを寄せ、また、とジェットは呟く。
「当人たちには聞き辛いから。レンたちに聞いたら、クゥのおかげだって言うんだけど?」
「何もしてないわよ?」
「何で?」
「何でって言われても」
平行線の問答に、ジェットは溜息をつき、わかった、と答える。
「もう一回ふたりに聞くよ。ありがとな、クゥ」
きょとんとしながらも、おやすみなさいと返すククル。
何があったのか聞かせてほしいと言ったこと。
言い返そうとしたテオを止めたこと。
ふたりが感謝しているのがその点だということに、ククルは全く気付いていなかった。




