三八三年 祝の三十七日
朝食を終え、出ていく訓練生。
見送ってから、はぁ、とテオが息をついた。
「何で皆して俺を見るんだよ…」
昨日の夕食時も、朝食も。どうにも見られている。
マジェスにしても、また勝負しろと言われるかと思いきや何もなく、ただ時々自分を見ているだけで。
レンディットとセラムに何かあったのかと聞いても、知らない、仕方ない、と返される。
「何だよ仕方ないって」
思わずぼやくと、隣でククルが笑った。
「エト兄さんが来たら、テオも訓練に出るんでしょう?」
「それなんだけど。今回ジェット来るの早いからなぁ…」
今まではジェットが来てからの二日間、半日ずつ訓練に参加していたのだが、今回は初日の昼に到着する。
明日からとしても四日間。その間をククルひとりに任せるのは心苦しい。
「最後の二日でいいかなって思うんだけど」
「店のことは気にしなくて大丈夫よ」
何を心配しているのかはお見通しのようで。次の朝食の準備をするククルに、視線を上げずにそう言われる。
「もう三回目だもの。だいぶ慣れたわ」
「そうかもしれないけど。こないだはアリーがいたから」
「そうね。でも本当に大丈夫よ」
頑なに譲らないククルに笑みを見せ、考えとくよ、と呟いた。
「ただいま、クゥ!」
入るなりのジェットに、ククルは笑いながらカウンターを出る。
「おかえりなさい、エト兄さん」
「ほんとは昨日来れたのに。ウィルの奴、一日ずらせって」
ククルを抱きしめてぼやくジェットを、仕方ないでしょ、と宥める。
「最初からエト兄さんが一緒だとやり辛いでしょ?」
ジェットに離してもらい、ダリューンたちとも挨拶をして。
知らせてくる、とジェットたちは宿へと向かった。
そのあとすぐにウィルバートと共に戻ってきたジェットは、早速定位置に座り込む。
「せっかく早く来たのに」
「動揺するので今日は顔を出させるなと、ロイから言われています。おとなしくしていてください」
「俺は猛獣かって」
「似たようなもんだろ」
ぼそりとテオが口を挟んだ。
「人のことまで珍獣みたいに言うから。俺今すっごい迷惑してるんだけど?」
睨むテオに、ジェットは首を傾げる。
「一体何の―――」
「俺。ジェットに認めてもらった覚えなんてないんだけど?」
被せられた言葉に、ジェットは口を噤み、ウィルバートと顔を見合わせた。
「……部屋に荷物置いてくる」
「ジェット?」
テオを見ないまま逃げたジェットにウィルバートが声を上げる。
残されたウィルバート。ゆっくりとテオが冷えた眼差しを向けた。
「そっか。ウィルも噛んでんだ」
「…その……」
珍しく言い淀み、ウィルバートも視線を逸らした。
自室に籠もるジェットをククルが引っ張り出し、ウィルバートと共にテオの前に座らせる。
終始半眼のテオを前に、ジェットがしどろもどろに説明したところによると。
やはり目的はククルの安全で。宿にいるアレックよりも、共に店にいるテオのほうが抑制力になるだろうということだった。
「一緒に訓練受けた奴らがテオのこと話すから、ちょうどいいかなって思って…」
「だからって。適当にも程があるだろ」
「そこまで適当ってわけじゃないけど…」
ぼそぼそと呟いてから、そうか、とジェットが独りごちる。
「俺が認めれば嘘にはならないか」
「ジェット?」
おかしな方向へ行き始めた話に、テオがジェットの名を呼ぶ。
「いや、そもそも俺はテオのことを認めてるんだぞ? だから今更問題ないというか…」
「何の話??」
一転してうろたえるテオと、真剣そのものに考え込むジェット。混ざれず居心地の悪そうなウィルバートをよそに、仲がよいとしか思えないふたりの様子を眺めながら。
テオが自分の実力を正しく把握できないのは言葉足らずなジェットのせいでもあるのだろうと、ククルは思った。
夕食に来た訓練生たちは、満面の笑みで迎えるジェットに唖然とする。
「ジェットさん!」
「久し振りだな」
そんな中、動じることなく挨拶をするレンディットとセラムの姿に、いつものように少し気負いが薄れたようで、ほかの訓練生たちも少しずつ話し始める。
ただひとり、マジェスだけは緊張しきった面持ちで唇を引き結んだまま下を向いていた。
時折ちらちらとジェットを見ているその様子に、テオはどうして自分があんな絡まれ方をしたのかを理解した。
夕食を終えしばらく。ロイヴェインが呼びに来た。
今回の訓練生たちは、ロイヴェインが声をかける前から全員立ち上がる。
黙って眺めていたジェットが、不意に立ち上がった。
「じゃ、俺も行こうかな」
「…こっちじゃないよね?」
「いや、そっち」
はぁ、と溜息をつくロイヴェイン。
「まだ初日でほとんど見学だから! ジェットが来てもすることないからね」
「そう言うなって」
軽く笑って訓練生を促して、ジェットは店を出ていった。
「…大丈夫かしら」
洩れるククルの呟きと、息をつくテオ。
ふたりの懸念は適中し、訓練生たちはもちろん、レンディットとセラムまでもがぐったりとして戻り。
明日の予定を組み直さないと、とぼやくロイヴェインに、ジェットがひたすら謝ることとなった。