三八三年 祝の三十六日 ①
昼を過ぎ、ギルドの一団が到着した。
「今回もよろしくお願いします」
気付いて迎えに出たククルたちに、ウィルバートが挨拶する。
「今回は訓練生の数が多くなってしまって。もし食事を出すのに不都合があれば教えてください」
「わかりました。でもできる限り今まで通りいきたいと思ってます」
答えるククルに笑みを見せ、少し周りを気にしてから。
「ジェットがもう戻ってきてる。訓練生にはまだ言ってないけど、明日の昼に来るよ」
口調を戻し、小さく告げる。
「さすがにジェットが来たら無茶をする奴はいないと思うけど。気を付けて」
「わかってるわ。ありがとう」
礼を言うと頷き、またあとでと宿に向かうウィルバート。
その背を見送りながら、ククルは呟く。
「…エト兄さん、明日来るって」
「一緒に来られたら萎縮するだろうから当然だと思うけど。まだ早すぎる気もするな…」
大丈夫かなと苦笑するテオ。
「まぁジェットも心配してたから。早く来たいんだろうな」
もしかすると、ジェットが早く来られるようにとウィルバートが調査先を選んでくれたのかもしれない。
色々と心配ばかりかけて申し訳なく思いながら。
それでもジェットの早めの到着を、ククルは嬉しく思った。
続いて近付いて来たのは銀髪の少年と金髪の少年のふたり。
「何でふたり?」
驚くテオとククルの前に、レンディットとセラムが立った。
「久し振り! また来れて嬉しいよ」
「ふたりとも元気そうでよかった」
状況が呑み込めないままのテオとククル。レンディットたちのうしろからついてきたギルド員にしては細身の男が、ふたりに軽く会釈した。
「私はボルツ・ネーヴ。今このふたりを預かっている」
「ふたり、って…」
何か思い当たることがあったのか、テオがセラムを見やる。
微笑んだまま頷くセラムに、そっか、と独りごちた。
「ククル・エルフィンさん。ふたりの過ちを師として詫びさせてほしい。本当にすまなかった」
頭を下げるボルツに、いつものように何もされていませんからとククルは返す。
ボルツが許しへの礼を述べてから、レンディットとセラムに頷いた。
「レンディット・コーラルです。どうぞレンと」
「セラム・モルセインです。呼び捨てでお願いします」
自分に向けて名乗るふたりに笑みを見せるククル。名乗られていないままだった自分に自己紹介をしてもらうのが、ディアレスのときからの一連の流れになってきている。
「ありがとう、レン、セラム。私のことも呼び捨てにしてくださいね」
「訓練が終わったら、だよね」
「何でか知らないけどね」
そしてこれも、どうやら定着したようで。
顔を見合わせ笑ってから、レンディットがテオに拳を差し出した。
「訓練、楽しみにしてるから」
「やっぱり出るの確定?」
苦笑しながらも、嬉しそうに拳を合わせるテオ。
続けてセラムとも拳を合わせて。
「レンのとこに入ったんだ?」
「うん。レンが師匠に話してくれて。うちに来いって言ってもらえた」
ひとり怪訝そうなククルに、元のパーティーとは折り合いが悪く、騒動後にメンバーから外されたのだとセラムが説明する。
「師匠にも兄さんたちにも。ホントよくしてもらってる」
「皮肉屋のセラムが珍しいね」
笑って呟くレンディットに、途端にジト目で睨むセラム。
「レンのことは兄弟子とは認めないからね」
「わかってる。俺らは同士、だからね」
慣れた様子でそう返して。
「…ホントに、ここに来てなかったら今頃どうなってただろうって思うくらい。色々気付けて、やり直せた」
レンディットの青い瞳に真剣味が増す。
「ありがとう。ククルさんと、テオと、ここで出会えた皆のおかげだよ」
「うん。感謝してる」
レンディットよりも少し淡い青の瞳を細め、セラムも頷く。
「こんなによくしてもらっていいのかなって思うけどね」
言葉の割には柔らかなセラムの声に、そんなこと、と笑うテオ。
「今からそんなこと言ってたら帰るまでもたないぞ?」
ちらりとククルを見てから肩をすくめる。
「ディーたちから聞いてるだろ? 今回も張り切ってるからな」
「テオ!!」
何のことを言われているのか気付いたククルが声を上げた。
一度戻ったレンディットが、今度は大柄な深緑の短髪の少年を連れてきた。
「テオを紹介してほしいって言われてて。俺と同期の―――」
「マジェス・ガムラだ。お前がテオ・カスケード?」
「…そうだけど」
無遠慮に上から下まで眺めるマジェスに、少し不快感を出しながら答えるテオ。
「本当に?」
ジロジロ見た挙げ句、ものすごく胡散臭そうな顔をされてのその態度に、テオは溜息をついてレンディットを見る。
「レン?」
「ごめん、テオ! マジェスは悪気があるわけじゃなくて、ただ…」
「まぁいい。テオ・カスケード!」
謝るレンディットの言葉をかき消す大声で、マジェスがテオを指差した。
「俺と勝負だ!!」
唖然としてマジェスを見ていたテオの顔から感情が消える。
「……レン?」
「ごめんってテオ!! マジェスはテオの噂を聞いて興味持ったらしくて…」
「噂?」
「英雄に認められた男だと聞いている!」
レンディットが答える前に、不必要に大きな声でマジェスが割って入った。
「ギルド員でもないのに英雄に認められたというお前の力がどれ程のものか、俺が確かめてやる!」
「……そんなの言われてるんだ?」
マジェスにではなく、レンディットに尋ねるテオ。
どこまでも冷ややかなその声に少し怯えながら、こくりとレンディットが頷く。
「食堂にいる宿屋の息子は、英雄も認める強さだって。親子揃ってギルド員よりできるとか何とか…」
「勝手なこと言ってんな…」
はぁ、とテオは溜息をつく。
おそらくジェットがククルを守る為に流した噂なのだろうが、もう少しマシな内容にできなかったのか。
「…えっと、ガムラさん? 誤解だから」
「誤解とは?」
「俺、そんなに強くはないし、ジェットに認められたりもしてないから」
「それは俺が自分で確かめる。お前は勝負を受ければいい」
「話聞けよ」
ぼそりと低く呟くテオに、レンディットがびくりとする。
「とにかく。俺には何の利もないし。そっちだって勝って当たり前、負けたら恥だろ? やらないほうがマシだって」
「勝負する前から負けるつもりはないっ」
「だったらなおさら意味ないだろって…」
疲れたようにそう洩らし、うなだれるテオ。
「お茶の用意があるから。行こう、ククル」
口を挟めず立ち尽くすククルの肩をポンと叩き、テオが踵を返した。
「おいっ、逃げるな!」
「あ、あの」
追いかけようとしたマジェスをククルが呼び止める。
「もうすぐ顔合わせと荷解きだと思いますので。時間もないですし、またにしていただいても?」
ぴたりと動きを止めたマジェスが、まじまじとククルを見る。
「…君は?」
「食堂の者です。荷解きの間にお茶をお持ちしようと思っていますので、準備をしてきてもいいでしょうか?」
「……了解した」
先程までの大声が嘘のように、小さくひとこと返してマジェスは背を向けた。
妙におとなしく戻るマジェスをきょとんと見送るククルに、レンディットが苦笑して謝る。
「ごめんね、ククルさん。ギルドって基本男ばっかりだから。マジェスは特に慣れてないんだよね」
「…そう、なんですね…」
悪い人ではなさそうだが。
ギルド員というのは、どうにもクセの強い者が多いのではないかと。
筆頭だろう己の叔父を思い浮かべ、ククルはそっと溜息をついた。




