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三八三年 祝の十八日

 朝、ククルにはいいと言われたものの、テオはいつも通りの時間に店へとやってきた。

「おはよう」

 既に厨房に立つククルに声をかけると、振り返って微笑まれた。

「おはよう、テオ。やっぱり来たのね」

「やっぱりってなんだよ…」

 くすりと笑うククルにそう返しながら、やはり来るとわかってて裏口の鍵を開けていてくれたのだと、嬉しく思う。

「ナリスの分だけだろ? せっかく時間あるんだし、やりたいことあるならこっちは俺がするけど」

「宿は?」

「レムが昨日の分もって張り切ってるから大丈夫」

 支度しながらのテオの声に、そうね、と少し考える様子を見せるククル。

「…お祝いっていうのも変だけど。レムに何か作りたいとは思ってて…」

「お菓子?」

 頷くククルに、間違いなく喜ぶだろうなと返す。

 それには応えずしばらく考えを巡らせていたククルが、何かに気付いたようにテオを見た。

「テオも作る?」

「えっ?」

「ふたりとも手が空くことなんてあんまりないし。一緒に作ってみる?」

 予想もしない申し出に、テオはきょとんとククルを見返し。

「…じゃあ、そうする」

 瞳を細め、頷いた。



 早朝に発つナリスの朝食を終え、気を付けてと見送ってから。

 レムの好きなベリーを使い、チーズクリームのパイを作ることになった。

「次の訓練が終わればテオの誕生日ね」

「といってもなぁ」

 特に何をするつもりもないテオは、少し困ったように呟く。

「こないだ休ませてもらったし。こどもでもないんだし。別にいいんだけど」

「駄目よ。ちゃんと『お客様』してもらうから」

 くすくす笑って言い切るククル。

 その笑顔を見ながら、そうか、と内心思う。

 四十八日の誕生日が済めば、すぐ雨の月。

 雨の月になれば。

 ククルの両親が亡くなってから一年。

 そして、自分がククルに好きだと告げてからも、一年が経つのだ。

(…言いはしたけど……)

 昨日ソージュに聞かれたこと。

 確かに自分は言いはしたのだが、聞き流していいとも言ったのだ。

 もちろん忘れられてないとは思う。しかし、それを確認することもできず。

 好きだと告げたあのときは、こんな状況になるだなんて思ってなかった。

 まさか一年も経たないうちに、こんなに恋敵が増えるだなんて。

(思うわけないって……)

 このことに関してだけは、どうしてなのかとぼやくしかない。

 ウィルバートといい、ロイヴェインといい。

 今回のラウルにしても。取り下げてくれたとククルは言ったが、あれだけ熱を上げていたラウルが本当にすんなり引いたのか疑わしい。

 楽しそうに菓子を作るククル。

 自分はいつまで当たり前のように彼女の隣に立っていられるのか。

 そっと吐息を洩らし、テオは作業に意識を戻した。



 その日の夕方。今日宿泊のギルド員たちが夕食を食べに来た。

 ちらちらとククルを見ていることに気付き、テオは少し警戒しながら様子を見る。

 テオが慣れてきたことと、それなりに訓練に重ねたことで、最近はアレックが店にいる時間も短くなっていた。

 呼びに行くべきか、しかし今ククルひとりにするわけにもいかず。

 どうすればと考えるテオの前、止める間もなくククルが出来上がった食事を持ってカウンターを出てしまった。

 お待たせしました、とトレイを置くククルに、四人のうちのひとりが礼を言い、笑みを見せる。

「昨日までここで訓練をしてたんだよね?」

「? はい」

 一瞬きょとんとしたあと、頷くククル。

「俺たち初めて来たんだけど、食事が美味しいって聞いてるから楽しみで」

「ありがとうございます。お口に合えばいいのですが」

 ごゆっくりどうぞ、とククルはいつも通りの言葉を残して戻った。

「テオ?」

 呆けるテオに、怪訝そうなククルの声がかけられる。

 はっと我に返り、何でもないと笑う、その胸の内で。

 何事もなく戻ってきたククルにほっとする気持ちと、この先何度こんな思いをするのかという焦りとを。

 噛みしめ、テオは息をついた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  もう一年ですか。  考えてみたら、テオは最初からククルを見守っていたのですよね。  それがこの一年でライバルがわらわらと。  テオにしてみたら、ぼやくしかない気持ちもわかります。  …
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