三八三年 祝の十七日 ③
ロイヴェインを見送り、店に戻ったククル。
まだ困惑する胸中に、そっと息をつく。
ロイヴェインに好きだと言われ。
取り乱した挙句勝手にしたらいいのだと慰められ。
覚えててと言われてキスされた。
勝手な彼の行動を怒りきれないのは、彼が本当に自分を心配してくれていることをわかっているからと、向けられている想いの強さに絆されたからなのだろうか。
何となく自分にうしろめたさを感じながら、ククルは片付けと掃除に戻る。
自分ひとりの静かな店内。
しかし今は、あまり気にならなかった。
午前中、何度か様子を見に戻ってきたテオ。
昼前にはソージュと共に店に来た。
「ごめんな、ククル。向こう立て込んでて…」
何故か遠い目をして呟く。
「もうちょっとかかりそうだから、先に昼食べてこいって言われた」
「こっちはほとんど済んでるから大丈夫よ」
微笑み返すククルの表情に、テオは内心安堵する。
訓練の間に色々あったので、またククルが考え込むのではないかと心配していたのだが、今のところは大丈夫そうだ。
「ソージュもお疲れ様」
労うククルにソージュが笑みを返す。
作ろうかと言ったが座っててと押し切られ、テオはカウンター席からククルを眺めていた。
思い詰めた様子はなく、穏やかな表情。
ほっとする反面、窺えないその心中に焦りも感じる。
結局ラウルにどう返事をしたのかを、自分は知らない。
初めこそ隣にいたが、それぞれ話すうちに距離が空き、聞こえぬままに終わっていた。
知りたいが、とてもククルには聞けず。
もどかしい思いを抱えながら昼食を終え、再び宿へと戻る。
その途中、ソージュがふと足を止めた。
「ソージュ?」
気付いて振り返ったテオを、足を止めたままのソージュがじっと見据える。
「テオはククルに言った?」
突然の問いに驚いて幼馴染を見返すテオ。
何も答えられないままのテオに、ソージュが大きく息をついた。
「言っといたほうがいいよ」
よぎる影を隠すように、ソージュは瞳を伏せ、自嘲気味に笑う。
「…何もしないまま終わるとか、ホントやりきれないから」
「ソージュ…」
吐露された胸中に、テオはその名を口にすることしかできず。
溜息をついたソージュは、戻ろうか、と呟いた。
昼食を終えたテオたちが宿に戻り、しばらくして。
レムとナリスが昼食を食べに来た。
「ごめんね、ククル。ホントは今日と明日はククルに休んでもらうつもりだったのに…」
「アリーがずっと手伝ってくれてたから大丈夫よ」
謝るレムにそう返す。
「宿のほうが大変なんでしょ?」
何気ないククルの言葉に、レムとナリスは顔を見合わせ、実は、と話し始める。
まさかの事実を知らされて、ククルは今までで一番の衝撃を受けた。
夕方、丘の上食堂で。
ククルとカスケード一家、そしてナリスの六人での夕食となった。
「…まさかだよな……」
ククルと並んでカウンター内に立つテオが、ぼそりと呟く。
「俺、全っ然知らなかったんだけど…」
テオの視線の先、少し不機嫌なアレックに酒を注がれるナリスと、その隣で笑うレムの姿。
「……そうね…」
それしか返せず、ククルもふたりを見る。
恋人同士になったのだと、昼間ふたりに報告された。
自分は好きという感情すらわからずうろたえているだけだというのに、と。
妹のような幼馴染が急に大人に見えたことは、誰にも話せそうにない。
「…レムはすごいわね」
ちゃんと自分の気持ちに向き合い、答えを出したのだろうレム。
ククルの心からの呟き。その隣で、テオがぎゅっと拳を握りしめた。
「…ククルは?」
小さな声に、びくりとテオを見る。
うつむき気味に視線を落とし、テオはククルを見ないまま続ける。
「アルディーズさんに。何て答えたの?」
一瞬ロイヴェインとのことを聞かれたのかと思い、動揺した。
狼狽を呑み込み、何も、と首を振る。
「…ラウルさんは、次いつ来られるかわからないからって、取り下げてくれたわ」
また告白すると言われたことは告げず、それだけ返すと。
そっか、と、ククルを見ないままのテオが呟いた。




