三八三年 祝の十七日 ①
訓練の全日程を終え、あとは帰るだけとなった一行。
ククルとテオも見送る為に外に出ていた。
「食事、ありがとうございました!」
カートを除いた訓練生たちに囲まれ、口々に礼を言われる。
「絶対また来ます!!」
何やら必死に宣言され、ククルは微笑んで頷いた。
「はい。お待ちしてますね」
訓練生たちがそのまま隣のテオに話しかけに行く中、残っていたフェイトがにっこり笑いかける。
「ククルさん、色々ありがとう」
「いえ。フェイトさんも頑張ってくださいね」
そう返すと、フェイトは頷いてから周りを見回し、少し近付く。
「ラウルには悪いけど。ウィル兄のことよろしくな」
小声でそう言うフェイト。
わかりましたと返すのも違うと思うのだが、だからといってこれぞという言葉もなく。
「…そう、ですね…?」
「何その返事」
つい疑問形で返してしまい、結局はフェイトに笑われた。
フェイトがテオと話し始めると、今度はカートとウィケットが来てくれた。
「世話になった」
そう頭を下げてくれるウィケットにとんでもないですと返し、ククルはカートを見る。
「訓練お疲れ様でした」
「ありがとう。やっぱりククルの食事は美味しいよな」
訓練が終わったら。
初日のその言葉通り、呼び捨てで名を呼んで。
「しばらくは無理だけど。またいつか来るよ」
少し視線を落として、カートが呟いた。
「カート?」
「何でもない。次の奴らもよろしくな」
明るい声でそう告げて笑うカートに。
「はい。カートも、またお待ちしてますね」
頷き、ククルは笑みを返した。
「ククル。お疲れ様でした」
帰路の馬や宿の確認など、まだ仕事の残るウィルバート。
それでもククルの前へとやってきて労うことを忘れない。
「今回は色々変更も多くてすみませんでした」
「大丈夫ですよ。無事に済んでよかったです」
そう微笑むククルに、ウィルバートは少し困惑の表情を浮かべる。
「…俺的にはまだ厄介事が残ってるんだけど」
「え?」
「仕事中じゃなければな…」
怪訝そうなククルに、紺色の瞳を細めて。
「次は三十六日に来る予定にしています。また詳細は手紙で知らせますね」
「あ、はい」
急に事務員に戻ったウィルバートに、ククルは戸惑いながらも頷く。
「それと。普段から気を付けてくださいね」
「わかっていますよ」
英雄の姪として、ギルド員から声をかけられることがあるかもしれず。監視の目がない普段のほうが危ないのだと、ウィルバートには言われていた。
ククルの返事に頷き返し、ウィルバートは息をつく。
「…また、来ますから」
ククルを見つめ、呟いて。
お待ちしてますといつも通り返すククルに微笑んだ。
ニースがひとりでククルの下へとやってきて、迷惑をかけたことを詫びた。
「迷惑だなんて」
首を振るククルに、気を遣わなくていいと笑う。
「ラウルは最後に話すんだと言って。まだ待ってるんだ」
姿を見せないラウルのことをそう言ってから、ニースはククルを見やった。
「ククルさん。方法は少し強引だったかもしれないが、あいつも本当に心配しているんだということは、わかってやってほしい」
「はい」
迷うことなく頷くククルにニースは表情を和らげ、ありがとうと返す。
「本当に。ジェットの姪だとは思えないな」
「俺が。何だって?」
ぬっと顔を出したジェットがニースを睨んだ。
「別に。ククルさん、また来たときはよろしく頼むよ」
「お待ちしてますね」
立ち去るニースを見送ってから、ジェットは思いだしたようにククルを抱きしめる。
「じゃあクゥ、またすぐ来るけど、気を付けてな?」
「ええ。わかってるわ」
いつものように背を叩き、離してもらう。
「また」
「次の訓練にも来るから!」
頭を撫でるダリューンと、笑って告げるリック。
「待ってるわね」
そう返してから、ナリスの姿がないことに気付いた。
「ナリスは?」
聞かれたジェットは、苦笑して息をつく。
「ナリスはあと一日残るから。詳しいことは落ち着いてから本人に聞いてくれ…」
何とも疲れた表情で呟くジェットに、ククルは首を傾げた。
次に来たのはゼクスたち。
「ありがとう、ククルちゃんにはまた色々面倒をかけたな」
そんなことはないですよ、と首を振る。
「今回も美味しかったな」
「やっぱりここの食事はいいな」
そんなことを言い合うメイルとノーザン。大袈裟ですよと笑うククルを、うしろからアリヴェーラが抱きしめた。
「ごめんねククル。ホントはもっと残りたいんだけど…」
「大丈夫よ、アリー。たくさん手伝ってくれてありがとう。本当に助かったわ」
回された手に自分の手を重ね、ククルは心からの礼を言う。
「楽しかった」
「んもぅ、ククルってば」
むぎゅっ、とさらに強く抱きつくアリヴェーラ。
「また来るから」
「ええ。待ってるわ」
そう応えてから、前に立つロイヴェインを見る。
「ありがとね、ククル」
「私こそ。ありがとうございました」
互いに礼を言い、笑い合う。
「すぐ次があるから。ちゃんと休んでね」
「ロイこそ休んでくださいね」
「わかってる。行くよ、アリー」
アリヴェーラに声をかけ、じゃあ、と手を振ってから。
ロイヴェインはその場を離れた。
周りの人が離れたところで、ようやく姿を見せたラウルがククルに近付く。
少し緊張した面持ちでククルの前に立ち、まっすぐ見つめた。
「ありがとうククルさん。やっと君と話せて、本当に嬉しかった」
向けられる瞳に浮かぶ想いは、十分すぎる程に感じられ。
しかし返せる言葉はなく、ククルはただラウルを見返す。
「ラウルさん…」
「ここにいる間に、僕は君のことを色々知って、ますます好きになった。…ククルさんにも、少しは僕のことを知ってもらえたかな」
「ラウルさん、私は…」
「ククルさん」
言葉を遮り、ラウルは微笑む。
「僕のこと、好きになった?」
核心を突く問いに、ククルは瞠目し、それから瞳を伏せる。
「じゃあ質問を変えるね。僕のこと、嫌い?」
ククルが首を振る前に質問を被せるラウル。視線を上げたククルが、今度こそ首を振った。
その返答に安心したように息をつき、ラウルは頷く。
「ならいいよ。今回はおとなしくフラれておくから」
「ラウルさん…?」
話がわからず首を傾げるククルに、ラウルはにっこり微笑んだ。
「次、いつ来られるかわからないけど。来るたびに告白するから覚悟しといて?」
「ラウルさん??」
驚いて声を上げたククルの手を両手で握り込むラウル。
「本気だからね?」
見据える山吹色の瞳からは、覚悟を決めた強さが垣間見える。
「知り合ってもない君を想い続けた僕なんだよ? 会えないくらいで諦めないから」
そう呟き、手を放して。
ラウルは吹っ切れた笑顔でククルを見つめた。
「だから、またね。ククルさん」




