三八三年 祝の十五日 ①
今日からジェットたちが訓練に参加することになった。
今回は見学はなし、いきなり加わることにしたジェットたちに、この際だからと身体能力を測ることを決めたゼクス。
「ダンのほうが強いからな」
ジェットはそう気楽に笑い、ダリューンに手を抜かないよう釘を刺した。
「ロイ、お前もやるよな?」
「言われると思ったよ…」
渋々加わるロイヴェインと、この面子とやるのは勘弁してほしいと苦笑するナリス。前回の記録があるので免除のリックはほっと息をついた。
「この際だからアレック兄さんも呼んでくるか?」
冗談で言ったジェットの言葉に、それもいいなと頷くゼクス。
結局アレック、そしてさらにジェットに巻き込まれたニースとウィケットも加わり、訓練生たちと同じ内容で測ることになった。
「何で俺まで…」
「弟子にいいとこ見せとけって」
「いや、なかなか酷だぞ、これは…」
弟子がいるからこその苦悩に、背負う荷のないアレックは同情の笑みを見せる。
「出た数値がそのまま強さではないということも、もうわかっているとは思うが。ただ今回は少し規格外の者が多いので参考にはならん。催し物とでも思えばいい」
「俺らは見世物かって」
訓練生へのゼクスの言葉に、ジェットが零す。
見ることも勉強だと言われた訓練生たちが見守る中、計測が始まった。
各自の結果は予想の範疇、といったところであった。
皆それなりに腕が立つからこそ、己の能力も客観的に把握できているのだろう。
「まぁ個々で戦うことはないと言ったラウルは間違ってはおらん。自身と、味方と。敵も知れればまた変わる」
そう言い、ゼクスはニヤリと笑う。
「ロイヴェイン。再戦だ」
名指しされたロイヴェインが溜息をついてゼクスを見た。
「再戦ってことは…」
視線をラウルに移し、再びゼクスに戻す。
「俺はいいけど?」
ゼクスは少し待てと言い、ニースのパーティー三人を集め、了承も聞かぬまま彼らに策を告げた。
なし崩しに再戦することになった三人だが、それでもこの機会を喜んでいるように見える。
「やられっぱなしも腹が立つしな」
そう呟いたニースが、ゼクスの合図と共に突っ込んだ。
前回同様足を止めて打ち合うふたり。その背後をラウルとフェイトが取る。
背後のふたりを嫌い、打ち合いながら場所を変えるロイヴェインだが、ふたりもしつこく喰い下がる。
ゼクスからの指示は簡単で、ニースが正面で打ち合い、あとのふたりは攻撃は仕掛けなくていいから常に背後に回れ、というものだった。
最初は凌いでいたロイヴェインだが、背後が気になり次第に思うように動けなくなってくる。
そのうち隙ができたら攻撃していい。
ゼクスの言葉通り、少しずつ背後からも手を出せるようになり。
苛立ったロイヴェインが急速に反転し背後のふたりを強引に掴んで引き倒した瞬間、ニースの腕がその首に絡められる。
「まだまだロイも辛抱が足りんからな」
模擬戦の終了を受け、ゼクスが笑いながらそう告げた。
食堂ではククルが菓子を作り始めていた。
前回は作りすぎたので今回は控えめにと思ってはいるのだが、実際にどうなるかはまた別の話で。
既に昨日のうちに準備していたタルト生地の下焼きが済み、フィナンシェの焼成に入っている時点で、それなりの数になるのではないかとテオには言われていた。
「まぁ、前より人数も多いけどさ」
午後から訓練に参加するつもりのテオは、今日もかなり早くから店に来た。前回は家で仕込みをしていたらしいが、ククルも同じように早くから起きていたことを知り、互いにそれならばということになった。
「テオは無理してない?」
宿にはソージュが来てくれているので人手はあるとはいえ、それでもテオの負担が大きく減ったわけではないのだ。また疲れを溜めないように気を付けておかなければならない。
「してないよ。ククルこそ」
「私も大丈夫よ。アリーが手伝ってくれてるもの」
仕込みや調理はできないからと、率先して雑用を引き受けてくれているアリヴェーラ。そのひとり分の手があるだけで、本当に助かっている。
「ずっとおあずけだったし。できあがったら味見してもらわないとね」
アリヴェーラが菓子を楽しみにしていることを知っているククルは、真っ先に食べてもらおうと考えていた。
それに、昼食に間に合わせてゼクスたちに食べてもらえれば、そのあとウィルバートやロイヴェインたち、そして夜食の際に訓練生たちにも出すことができる。
控えめと言いつつも張り切るククル。
仕方なさそうに笑い、テオは仕込みを進めた。
前回同様甘い香りに満ちる店内に、ゼクスは笑いながら席に着く。
「ククルちゃん、張り切っとるなぁ」
しまりのない顔で呟くメイル。
「今回は何を作ったやら」
同じく嬉しそうなノーザン。
デレデレな祖父たちに苦笑しながら、ロイヴェインも同じテーブルに着いた。
「お疲れ様です。すぐに用意しますね」
カウンター内からククルが声をかける。
水を持ってきたアリヴェーラが、全員を見回してふふっと微笑んだ。
「お先」
何を意味するかは考えるまでもない。
「アリーずるいっ」
「ククルにいいって言われたもの」
悪びれずそう答え、戻るアリヴェーラ。
「アリーにはたくさん手伝ってもらいましたから。皆さんもよければ食事のあとで食べてくださいね」
そんなことを言っているうちにやってきたジェットたちと見学者の三人。
前者はまたかと笑い、初めて遭遇する後者は何事かと驚きを見せる。
「明日はククルちゃんの息抜きに付き合う予定なんでな」
「メイルさんっ」
何を言うのかと慌てるククルと、ますます怪訝な表情になる三人。
「あれってククルの息抜きだったんだ?」
「ククルらしいね」
何故だか納得顔のリックとナリスに、ククルは反論を諦めテオを見る。
ふっと笑い、仕方ないだろ、とテオ。
「作れないのは嫌なんだから」
「そうだけど…」
何だか腑に落ちない。
そんな表情のククルにテオが笑い、周りが微笑ましく見る中に。
いつかの絶望を思い出す者と。
わかっていたと呑み込む者と。
両者の視線が混ざっていた。




