ジェット・エルフィン/ライナスへの帰還
「兄貴たちが死んだ?」
あの日、洞窟の奥で。俺はその知らせを聞いた。
思わず走り出そうとした俺の腕をダンが掴む。
「ダンっ! 放―――」
「落ち着け」
掴まれた腕の痛みに、ダンも動揺してるんだとわかった。
足を止めた俺に、ダンは腕を放して俺を見据える。
「最善と、最悪は?」
短く問われ、息を呑む。
俺たちの師匠、レトラスさんの言葉。
こうしたいもこうありたいも、一度すべて手放して。望む結果を得る為に、すべきこととできることを選べるように。どれだけの振り幅があるのか確かめろと言われてきた。
ダンの銀灰の瞳を見返し、一度大きく息をする。
「最善は、俺が無事に、少しでも早く、ライナスに着くこと」
ダンは無言だ。それでも続ける。
「最悪は、途中で俺まで事故ること」
「わかってるならいい」
ぽんと肩に手が置かれる。
「行けるな?」
言い切られた言葉は心配ではなく信頼。
パーティーのリーダーは俺だけど、やっぱりダンは俺の兄弟子なんだと思う。
言葉は少なくても、こうして俺を立ち直らせてくれるんだから。
ダンをまっすぐ見返し、俺は大きく頷いた。
「最善を、尽くすよ」
迎えに行くと言ってくれたダンにあとを任せ、ライナスに向かう。その間、何度も何度も不安に駆られる。
ひとり残されたクゥはどんなに辛い思いをしてるんだろうか。血縁はもう俺しかいないんだから、これ以上寂しい思いをさせちゃいけない。
そんなことを馬上でぐるぐる考えてるうちに、辞めると口走ってしまっていた。
ライナスに着いた頃には、クゥはもう前を向いていて。
嬉しい半面、何も助けてやれなかった自分を不甲斐なく思った。
ウィルが来て、ダンが来て。
帰る前夜、クゥたちがアレック兄さんと話す時間をくれた。
昔のことを話して、泣いて怒って。
酷な約束をしたと落ち込むアレック兄さんを慰めて。
ひとりで考えてると積もる一方だった不安も、口にするだけで少し軽くなった気がした。
―――そして、中央に戻る馬上に、今はいる。
山道を抜けて少し拓けた場所で、前を行くウィルが止まった。
「本当に辞められると思っていたんですか?」
投げられた言葉は疑問じゃなかった。
「ジェット。あなたが英雄を辞められるわけがないでしょう?」
嘲るようなその声に、わかってると返す。
価値があるのは英雄としての俺だとしても。今更退けないことぐらい、わかってるんだ。
「ウィル」
厳しい声でダンに名を呼ばれ、ウィルははっとした顔で俺を見た。
「…すみません」
打って変わってしゅんとした様子を見せるウィル。
向けられた言葉は、多分俺にではなかった。こいつはこいつで色々抱えてるんだろう。
「なぁウィル」
「何ですか」
「俺でよければ、話ぐらい聞くぞ?」
「…何のことを言ってるんですか?」
全くわからない。そんな顔をされた。
―――兄貴たちの死から十二日。
いつの間にか自分の足でまっすぐ立つクゥに負けないように。
俺も俺の望みを叶える為に。
「戻るか」
英雄、ジェット・エルフィンとして。
できる限りのことを―――。




