三八三年 祝の十四日 ②
追加訓練を終えた訓練生とロイヴェイン。それぞれ出された食事を取りながら、今日の訓練の話をしていたときだった。
ぴたりと動きを止めたロイヴェインが、慌てて立ち上がる。
「テオ! アリー捕まえて!」
「えっ?」
突然の言葉にテオが疑問の声を上げるのと、アリヴェーラがカウンターから出るのはほぼ同時。
舌打ちと共に動いたロイヴェインが、入口の扉の前でアリヴェーラの腕を掴む。
アリヴェーラは腕を引き寄せ、反対の手でロイヴェインの喉元を押さえたところで。
カラン、と場違いな程長閑なドアベルの音が響く。
掴み合うそっくりなふたりに、足を踏み入れかけたジェットが固まり、見下ろした。
「つまんないの」
カウンターの中、プイとそっぽを向くアリヴェーラと。
「気配読むので俺に勝てると思ってんの?」
半眼で睨んでぼやくロイヴェインを。
「まあまあ。落ち着けって」
笑いながらジェットが宥める。
前回と同様、予定前日の夜に到着したジェットたち。
思わぬ双子の出迎えに遭い、ジェットはただ笑うだけだったのだが。
何故か全く驚いた様子がないダリューン。
しばらく呆けて見ていたあとに吹き出し、そのまま笑いが止まらないナリス。
何を見たのかわからず、ただただ立ち尽くすリック。
三者三様の反応に、ククルもどうしていいかわからない。
「…ジェットさん、俺らどうすればいいんだよ」
訓練生の中では一番ジェットと接点のあるフェイトが、苦笑しながら声をかけた。
「悪い…って、俺か? それ?」
振り返って謝りながら、首を傾げるジェット。
再びナリスが吹き出す中。
「そういや何でダンは驚いてないの?」
気を取り直して尋ねるロイヴェインに、そうだった、とジェットが返す。
「いや、ダンがさ、二回目にイルヴィナに来てたのはアリーだったって言うんだけど。本当なのか?」
顔を見合わせるロイヴェインとアリヴェーラ。
「こないだアリーの話したら、そういえばそっくりなのがいたなって…」
続く言葉に、ふたり揃ってダリューンを見る。
「何で?」
「普通わかるだろう?」
当たり前のように返すダリューン。
「…わかる、のか?」
「さぁ…?」
首を傾げ合うふたりに、同じく怪訝な顔のままのジェット。
ダリューンだけはいつもの落ち着いた顔のまま、驚く三人を見返していた。
ようやく落ち着き、ジェットはフェイト、カート、そしてほかの訓練生たちとも挨拶を交わす。
緊張する訓練生たちに、屈託ない笑顔でよろしくなと告げ、短い期間なので少しの変化でいいと励ます。
既にジェットを知るフェイトのほぐれた態度と、一悶着あったはずのカートとの親しげなやりとりに、少しは人柄が伝わったらしい。
訓練生たちの食事が終わる頃には少し空気も和んでいた。
今回は宿に泊まるようにとククルに頼まれたジェットが、戻る訓練生と一緒に宿に行こうと荷を担ぐ。
「クゥ! 挨拶してきて戻るから」
「食事の準備をしておくわね」
わかっていると頷くククル。
そのククルとジェットを見比べ、アリヴェーラが笑みを浮かべた。
「ねぇジェット。ここにね、フェイトの兄弟子も来てるんだけど。会うなりククルに言い寄ってたわよ?」
「アリー!」
声を上げるククル。
あまりにも正直なククルの反応に、ジェットはテオを見る。
無反応を貫くテオからロイヴェインに視線を移すと、肩をすくめられた。
フェイトを見ると、明らかに動揺が見える。
「…そうか」
低い声でぼそりと呟き、ジェットは店を出ていった。
溜息をつき、任せろと手で示してダリューンがあとを追う。
「ダンが行ったから大丈夫だよ」
安心させるようにククルとフェイトにそう告げて、ナリスとリックも宿へ向かった。
訪れた静寂の中、テオが息をつく。
「…皆、お茶淹れるからさ。飲んでから戻れば?」
「テオ…」
向けられる感謝の視線に頷いて、テオがお茶の準備を始める。
「…アリー……」
笑みを愉悦で満たすアリヴェーラと、どこか嬉しそうなロイヴェインに。
ククルは溜息をつき、食事の準備を始めた。
しばらくして、ニースと共に戻ってきたジェットたち。
「本っ当にお前は人の話を聞かねぇな」
「悪かったって」
砕けた語調のニースに、笑いながら謝るジェット。
思っていた以上に仲のいい様子に、誤解も解けてよかったとククルは安堵する。
宿に戻れずちびちびとお茶を飲んでいたフェイトたちも、笑い合うふたりにこっそり息をついた。
ジェットたちがテーブルに着いたところで手を止めて、ククルはカウンターから出る。
「チェザーグさん、すみませんでした」
迷惑をかけたと謝ると、ニースは大丈夫だと返した。
「ククルさんが謝ることじゃない。ジェットの早とちりはいつものことだからな」
「何がいつものことだって?」
「エト兄さん?」
強く名を呼ばれ、ジェットは口を噤む。
またもや吹き出したナリスを睨みつけてから、ククルを見上げた。
「俺が心配してるの、クゥだってわかってるだろ」
「当たり前でしょ」
ありがとうと微笑み、ククルは食事を取りにカウンターへ戻った。
先に戻ります、と訓練生たちが席を立つ。
「おぅ。明日からよろしくな」
ジェットが笑って手を振る中、ロイヴェインも立ち上がった。
「ごちそうさま。俺も戻るよ」
アリヴェーラに目配せをしてから店を出る。前を行く訓練生たちにはついていかず、店の側面に回って壁にもたれた。
「…ホント。大事にされてるよね」
ぽつりと呟き、少し笑う。
ジェットとは違う感情ながら、その気持ちはよくわかる。
笑っていてほしい。
悲しまないでほしい。
そう思う自分と、それでも彼女を欲する自分と。
矛盾すると思い、ずっと持て余してきたけれど―――。
「何?」
裏口側から現れたアリヴェーラが、顔を見るなり短く問う。
相変わらずの蔑んだ声音に、仕方ないかとロイヴェインは笑う。
「アリーにお願いが」
「あんたの手伝いはしないわよ?」
言い捨てられた言葉に、わかってる、と頷く。
「それでいい。何もしないで。…あとの二日はあいつらを伸ばすことに集中したいから」
諦めきった目が、ようやく前を向いた。こちらの言葉を聞いてもらえるようになった。
今はただ、それに応えたいと思うから。
「…ククルのことは、一旦置いとく」
「諦めるってこと?」
静かな声に、かぶりを振る。
「無理だよ。好きだもん」
ただ、瞳を細めて。
ロイヴェインはきっぱりと言い切った。
すみません。レム編を書いていて、やらかしていたことに気付きました。
セレスティアからアリーの代わりにレムを送ったのですから、ナリスはアリーと初対面じゃないですよね…。
というわけで、文中の『アリヴェーラと面識のある』ジェット、のとこを削りました。
ナリスの反応は面識のあるなしで変わらないと思います。彼、基本ゲラなので。
以上内容変更についてのお詫びでした。
お騒がせしてすみません。




