三八三年 祝の十三日 ②
昨日同様、訓練が始まってから朝食に向かうウィルバート。
昨日のラウルの話は確かに驚きはしたのだが、ただそれだけだった。
想う年月でたじろぐようなら、端からテオを相手取ろうとは思わない。
自分にとっての問題は、むしろもうひとつのほう。
ククルのことが広まっていることは知っていたが、彼女に対する悪意に近い思惑があるとまでは考えが及んでいなかった。
ジェットに近い者の前では語られないというのなら、まだギャレットも把握していない可能性がある。
訓練から戻ったら調べなければと思いながら、ウィルバートは食堂の扉を開けた。
「おはようございます」
ククルとテオに挨拶をし、返されながら中に入る。
昨日の話を気に病んだ様子はないことに安堵しながら、カウンター席に座った。
アリヴェーラの姿はないので、作業部屋にいるのだろう。
おとといニースから聞いた話と、昨日ここでラウルが語った内容には、少しだけ差があった。
ニースもはっきりとそう言ったわけではなかったのだが、女性など数える程もいないギルド内でのこと、おそらく実際はもっとあからさまに言われているのだろうと容易に想像がついて。
その差について、非常に言い辛いが、念を押しておかなければならない。
覚悟を決めるように息を吐き、ウィルバートはククルを見た。
「ククル、作りながらでいいので聞いてください」
一旦顔を上げ、わかりましたと答えるククル。
「昨日のアルディーズさんの話なんですが、ギルドのほうでも対策を練りますので、ククルも十分気を付けてください」
「ありがとうございます」
「訓練が終わってからもですからね」
「わかってますよ」
こちらの言葉が終わると顔を上げて頷いてくれるのだが、正直ここからは顔を見ないでもらえるほうがありがたい。
うつむいて息を吐き、ウィルバートはそのまま続けた。
「物理的な暴力だけでなく、その、女性としても…」
途切れた言葉に、ククルは顔を上げなかった。
暫しの静寂の後。
「…すみません、朝からこんな話で…」
沈黙に耐え兼ねたようにウィルバートが呟いた。
我に返ったククルが、今度こそ顔を上げて首を振る。
「こちらこそすみません。ウィルにそんなことまで気遣わせてしまって……」
「いえ、その……」
再び訪れた沈黙に、テオが溜息をついた。
「どうせ明日にでも来るんだろうから、ジェットに言わせたらよかったのに」
尤もなテオの言葉に、はた、と顔を見合わせるふたり。
妙な羞恥にお互い再び視線を落とすその様子に、テオも再び溜息をついた。
一方宿の裏手では、訓練生を見るゼクスたちがどうしたものかと息をついていた。
まだ二日目、ギルド員になって二年目では身体がついていかないことは承知の上だが、それを差し引いても。
「何とも気の抜けた…」
ぼそりと呟くノーザンに、同意するとばかりに頷くメイル。
「前回は自ら手を上げた者たちだったからな」
今回と次回は、残る二年目を半分にわけただけ。向上心や負けん気の強い者ばかりではなかった。
「ふたりは何とかなる。あとのふたりが問題かな」
走る訓練生を眺めながら、ロイヴェインが呟く。
「今は逆に引っ張られてるから、そこを引き離してもいいんだけど…」
「ますますやる気をなくすと」
続けるゼクスに苦笑する。
「切り捨てたくはないからね。もう少し考えさせて」
「ジェットが来るまでにどうにかせんとだぞ?」
「わかってる」
今の状態でジェットを見れば、間違いなく潰れる。
「どうするかな…」
独りごち、ロイヴェインは手元の資料に視線を落とした。
訓練生の昼食を終え、続いて教官たちと見学者の番となる。
全員が集まったところで、ロイヴェインが突然ラウルの前に出た。
「アルディーズさんに、お願いが」
到着後の一件を聞いてから、ククルのいないところでは笑顔のまま噛み殺さんばかりの態度を取っていたロイヴェイン。しかし今は、ただラウルを見据えていた。
明白な態度の違いに、こちらも笑顔で受け流し続けたラウルがじっと見返す。
「僕に、ですか?」
「はい。訓練生の前で、アルディーズさんの身体能力値を測らせてほしいんです」
ラウルはあからさまに表情は変えなかったが、それでも少し困惑が見えた。
「…何の意図があるんですか?」
「自分で『全然動けない』と言うアルディーズさんの客観的な評価と、そう思いながらも今までギルド員を続けられた理由を、二年目の奴らに聞かせたい」
アリヴェーラから聞いたラウルの話と、諦めきった二年目の姿が重なった。
それを乗り越えたラウルなら。自分にはできない方法で彼らの希望になれるかもしれない。
「すべてに秀でてなくても。何かに特化してなくても。強く在ることはできるんだと、教えてあげてほしい」
お願いします、と。
ロイヴェインは頭を下げた。
目の前で深々頭を下げられ、さすがに隠しきれない驚愕を浮かべたラウル。
しばらく呆けたようにロイヴェインを見ていたが、やがて息をついた。
「わかりました。僕にできることなら協力しますよ」
「ありがとうございます」
頭を上げるロイヴェイン。その表情を見、ラウルは一瞬瞠目してから溜息をついた。
「…ククルさんの前で頼むのは卑怯じゃないですか?」
「百も承知。断られるわけにはいかないからね」
確信犯の笑みと共に。ロイヴェインは明るく答えた。
午後の訓練を終え、夕食を食べに来た訓練生たち。
今日も疲れたと口々に言い合う中には、二年目の四人も加わっていた。
出てくる言葉は、疲れた、大変、などではあるが、今までとは違うどこかすっきりとした表情に、ロイヴェインとラウルが上手く導けたのだと知る。
よかったと笑みを見せ、ククルは夕食の仕上げに取り掛かった。
訓練生たちが、運ばれた食事を今までになく和んだ様子で食べ終えてしばらく。ロイヴェインが呼びに来た。
カートとフェイト、三年目のふたりが立ち上がる。
「見学だけでも来ない?」
迷いの見える二年目に、ロイヴェインが声をかけた。
ぴょこんと顔を上げた四人に笑みを見せる。
「美味しい夜食も出るしね」
四人揃って振り返られ、ククルも笑いながら頷く。
「今日はもう準備してしまいましたが、もし食べたいものがあれば、明日以降なら作れますよ」
「あ、じゃあ俺、前来たとき食べた―――」
「フェイトずるい! 俺だってあるのに」
割り込むフェイトに、ほかの三人も口々に言い始める。
「はいはい。じゃあククルがいいなら、あとでひとりひとつずつ、お願いしようね」
苦笑しながらのロイヴェインの声は、それでもどこか嬉しそうで。
明るい表情の訓練生たちに、ククルも微笑む。
「ロイにも聞きましたからね。もちろんいいですよ」
「ロイヴェインさん?」
いつの間に、と全員に見られ。
「教官の特権! ほら、行くよ?」
ふふん、と笑ってそう返し、ロイヴェインはククルに手を振り、店を出た。
「お疲れ様です」
訓練生と共に戻ってきたロイヴェイン。労うククルに微笑んで、カウンター席に着く。
午後の訓練でのラウルの話は、本当に彼らの心に響いたようで。
正直特に可もなく不可もない数値の基礎能力。しかしひとりで戦うことはないのだからと割り切り、ラウルは己にできること、そしてパーティーの仲間にできることを把握し、その中でどう動けばいいのかを考えていると言った。
実際、ニース、フェイトを加えた三人と自分との模擬戦では、一番力のあるニースを主軸に、体力のあるフェイトを撹乱に、そして彼自身は囮になり追撃者になりと、状況に合わせて役割を変え補助をする。
本当なら自分が負けたほうがいいのだろうが、それも癪なので本気でやった。
勝ちはしたが実際苦戦はしたからか、訓練生たちにも得るものがあったようで。
そこからは素直に己にできることを模索する彼らの様子に、もう大丈夫かな、と安堵した。
背後のテーブル席の明るい声を耳にしながら、何とかなってよかったと息をつく。
あと三日、朧気でも進む方向を定め、少しでも自信につながるよう基礎能力を伸ばせれば、と思う。
「お待たせしました」
考え込む目の前に、ことりとトレイが置かれた。
顔を上げると、手を引きながらのククルが微笑んでいる。
「ありがと。いただきます」
礼を言い、視線を落とした先にはあのスープ。
自分の為に作られたそれは、前回と変わらぬ温かさと優しさで。
しかし、食べながら込み上げる想いは、前回とは比べものにならず。
(…やっぱり俺……)
増すばかりの想いを今は呑み込み、ロイヴェインはスープを口にした。




