三八三年 祝の十一日 ②
「騒がしいと思ったら。そんなことになってたの?」
見たかったと笑うアリヴェーラに、ククルはやめてよとぼやく。
「今から顔合わせなのに。どうしたら…」
変に目立ってしまったので、恥ずかしいことこの上ない。
「ま、おじいちゃんたちにも騒動があったことは伝えといたほうがいいんじゃない?」
「伝えるって…」
何をどう伝えろというのかと、疲れ切った視線を向けるククル。肩をすくめて、アリヴェーラはテオを見る。
「私が行くわね?」
「…頼んだ」
言いにくいのはテオも同じなのだろう。了承を得、アリヴェーラは裏口から出ていった。
途端に静まる店内。テオとふたりの静寂を苦痛に感じたことは今までないが、今日は少しばかり居心地が悪い。
準備していた菓子を切り分けながらテオに視線をやると、同じようにこちらを窺っていたテオと目が合った。
「…俺が行こうか?」
少し表情を和らげ、テオが尋ねる。
「お茶渡すの。行きにくいなら」
気遣ってくれるテオに、肩の力が抜けるのを感じた。
「ありがとう。大丈夫、自分で聞きたいから」
各自の苦手を聞いておきたいので、これは譲れない。
少しでも寛いでもらえるように。自分にできることをする為に。
両親なら、そう考えるだろうから。
迷いもせずに頷いたククルに、わかったと笑うテオ。
和らいだ空気にククルもようやく笑みを見せる。
「テオ」
先程とは違う、優しい声。
「怒ってごめんね。助けてくれてありがとう」
「いいよ、もう」
謝り、礼を言うククルに。
優しげな笑みのまま、テオが呟いた。
宿の裏口から入ったアリヴェーラは、そのままロビーへ向かった。
予想通りロビーで話し込むゼクスを見つけ、声をかけようとしてやめる。
ゼクスの向こう、自分を見て瞠目する人物がふたり。ここで声を出したらおもしろくない。
気付いて振り返ったゼクスに名を呼ばれる前に、小声で先程聞いた話をしながら。信じられないものでも見るような青年と少年に、楽しそうに口角を上げる。
ゼクスに話し終え、アリヴェーラはふたりの前に歩み出る。
「俺が実は女だったって言ったら信じる?」
順番に覗き込んで、くすりと笑うアリヴェーラに。
ウィルバートは手に持つ資料を全部落とし。
カートは真っ赤になって硬直した。
満足そうにふたりを見て、じゃあねぇ、とアリヴェーラは宿を出ていく。
「アリヴェーラ!!」
ゼクスの怒号が宿に響く中。
そのまま入口から宿を出たアリヴェーラの姿に。
ロイヴェインを知る最後のひとり、フェイトがあんぐり口を開けた。
ギルド側とライナス側と、両方の顔合わせが行われる。
苦虫を噛み潰したような顔で紹介をしていくゼクスに、満面の笑みのアリヴェーラを仏頂面で睨むロイヴェイン。既に疲れ切った顔のウィルバートは、周りの状況に苦笑しか浮かばず。
そしてククルも刺さる熱烈な眼差しの主を見ないように目を逸らし、隣のテオは威嚇するように睨んでいる。
まだ前日だというのに、どうにも騒動の予感しかしない訓練が始まろうとしていた。
レムにお茶を淹れてくれるよう頼んでおいてから、一旦店に戻ったククルは菓子を持って宿へと行く。
今から何をするつもりなのかを聞いたアリヴェーラが、一緒についてきてくれた。
まずはゼクスのところへ持っていくと、今回も手伝うつもりだったロイヴェインがアリヴェーラを見て片眉を上げる。
「代わるけど?」
「必要ないわ」
そう笑ってからふてくされるロイヴェインに近付き、何やら小声で数言告げる。
そっくりな、しかも見目のいいふたりが寄り添うその様子。やはり偉観だな、とククルはこっそり思った。
続けて二階の面々にお茶を配り、最後にニースとラウルの部屋へと向かう。
「ククルさんっ!」
「お前はそこから動くな」
飛びかからんばかりのラウルを一喝し、トレイを受け取ったニースがすまないなと苦笑する。
「俺はジェットとは親しく話すほうだからここのことは知ってたんだが、大半のギルド員はこの町がジェットの故郷だということしか知らなくてな」
あのイルヴィナの一件で、ジェットが自分のことを親しい者にしか話してこなかったことに気付いた。今思えば父からも、客から名を聞かれても家名まで答える必要はないと言われていた。
英雄の姪であるということ。その意味を。
ククルは今まで考えたこともなかった。
「それが前回の訓練後に、食堂にいる君がジェットの姪だと広まった。中には利用しようとする者も、好奇の目で見てくる者も出てくるだろう」
おとなしく部屋の中に留まるラウルを一瞥し、声を潜めるニース。
「弁解させてもらえるならば。あいつはああすることで、君の周りの警戒を強め、ほかの者への抑制にするつもりだったんだろうな」
自分ことが広まっていることはジェットからも聞いていたが、ただそれだけのことだと思っていた。おそらくジェットとテオが危惧していたのはニースが言うようなことだったのだろう。
聞こえなかったのだろう、怪訝な顔でこちらを見るラウル。
初対面の彼がどうしてそこまで自分を心配してくれているのだろうかと、ククルは思った。
視線を向けたククルに気付き、ラウルは嬉しそうな笑みを返す。
緩んだその顔に溜息をつき、呆れた口調でニースが続ける。
「まぁ、君のことを好いているのは本当のようだが」
「本当のよう、じゃなくて、本当」
悪びれず、笑顔のまま訂正するラウル。
「さっきの凛々しい姿は初めて見たけど。ますます惚れた」
細められる瞳。からかうつもりでないことは、その真剣な声音からも伝わって。
向けられる真摯な想いに逃げることができず、ククルはただラウルを見返す。
「きっとこの訓練中に。どんどん好きになるんだと思う」
「もうその辺にしておいてもらえる?」
すっと、アリヴェーラが間に入った。
「ククルは私のなんだから。渡さないわよ」
「アリー?」
何を言うのかと驚くククルに腕を絡め。
「おとなしくしてるのよ?」
冷えた声で釘を刺すアリヴェーラに。
「お断りするよ」
そのままの笑顔で、ラウルが返した。