三八三年 祝の十日 ②
できればウロウロしてほしくないというロイヴェインとゼクスの思惑もあり、アリヴェーラは前と同じくククルの家に寝泊まりすることになった。
ジェットには宿に泊まってもらうことになるが、もちろんそれで文句を言うジェットではないだろう。
自分の服を着てエプロンをしたアリヴェーラはもう女性にしか見えず、これならロイヴェインと間違えられることはないかとククルは思った。
夕食までは間があるからと、店に集まった皆にお茶と菓子を出し、明日からの予定を確認する。
人数は増えたので訓練生内でも食事をずらしたほうがいいかと問われたが、前回の楽しそうな様子を思い出し、一緒でいいと答えた。
一通りの確認が済んだところで、アリヴェーラが私からも、と口火を切る。
「ククルとレムにね、お土産があるのよ」
「お土産?」
尋ね返すククルに頷いて、部屋に取りに戻るアリヴェーラ。
「お菓子、送ってくれたから。お返しにって」
笑って説明するロイヴェインに、でも、とククルは告げる。
「あれはお世話になったお礼なんですが…」
「嬉しかったんだって」
瞳を細め呟くロイヴェインの声は、どこか切なく。
「だから、受け取って」
向けられた柔らかい微笑みに、ククルは頷くしかなかった。
すぐに戻ってきたアリヴェーラが、掌程の大きさの黒い布袋を手渡す。
お礼を言って開いた中には、淡い紫のガラスの腕輪が入っていた。
「これ…」
薄紫の土台に金色で模様が描かれ、その上を透明のガラスで覆ってある。
「気が向いたときだけなんだけど、店のアクセサリーは私が作ってるのよ」
そう言い、アリヴェーラはもうひとつ布袋を見せる。
「レムと色違い。受け取ってね」
「アリー…」
ククルは腕輪を見つめ、するりと腕にはめる。
もちろん店にいるときには使えない。飾るだけになるかもしれないが、それでも。
「ありがとう。大事にするわね」
込められた感謝の響きに、アリヴェーラは笑みを返した。
目の前ではめられた腕輪に、ロイヴェインは内心ほっと息をつく。
店のアクセサリーをアリヴェーラが作っているのは本当だ。
しかし、今ククルのはめている腕輪だけは、自分が作ったものだった。
自分はアリヴェーラが作ったものをただ真似ただけにすぎないのだから、もちろん気付かれなくていい。
そう、思っていたのに。
腕輪から視線を上げたククルが、まっすぐロイヴェインを見た。
「これ、もしかしてロイが作ってくれたんですか?」
思いもしない言葉にロイヴェインはごまかすことも忘れてククルを見返す。
少し首を傾げて自分を見るククルに。
動揺と当惑の中、ロイヴェインが口を開いた。
「…どうして?」
「水差しと同じ色なので。そうなのかと」
そう告げるククルの瞳には、困惑も嫌悪もなく。
ただ気になったから口にしただけなのだろうか。それ以上追及されることはなかったのだが。
じわりと胸に広がる感情に、ロイヴェインは唇を引き結び、視線を落とした。
レムに腕輪を渡しに行くからと言うアリヴェーラ。座るロイヴェインの後ろ襟を掴み、ついてきてと微笑む。
「ばかじゃないの?」
店を出るなりのアリヴェーラの罵倒に、ロイヴェインは苦笑した。
「そうだって言うだけじゃない。何で黙ってんの?」
「アリー…」
困ったように呟き、見返す。
「…いいから。ククルには言わないで」
「何でよ?」
「何でも」
頑ななロイヴェインを睨みつけ、アリヴェーラは距離を詰める。
「あんたはホントにそれでいいの?」
胸元を掴み、引き寄せて。
「何もわかってもらえないままで。気持ち悪い自己満足だけで。ホントにいいの?」
目の前の自分と同じ顔から叩きつけられる強い言葉に、それでも返せるそれはなく。
「気持ち悪いって…」
ただそれだけ呟くと、見据える瞳に苛立ちが増した。
「私だったらそんな想いはお断りだわ。向けられたくもない」
放しがてら突き飛ばすアリヴェーラ。
よろけはしないが数歩後ずさり、アリヴェーラを見返すだけのロイヴェイン。
「ねぇロイ?」
嘲るような笑みを乗せ、アリヴェーラが低く呟く。
「あんたは何の為に変わったの?」




