ウィルバート・レザン/面接
ライナスから戻るとギャレットさんからの連絡が来てた。
四十四日に中途採用の面接があるから、俺に面接官をしろと書いてある。
大抵の新人は明の一日から所属できるように準備をする。もちろん中途に入ることはあるけど、まだ新年が始まって一月も経ってないのに。
何か事情があるのかと思って手元の書類をめくるけど、本人の資料は入ってなかった。
明日オルセンが来たら聞いてみるかと思い、残る書類を確認してからその日は帰った。
「おはようございます」
朝一番、俺と変わらない時間にオルセンが来る。
あの一件のあと、主に俺の雑務を手伝うようにと事務室付きになったオルセン。十三歳でギルドに入り、今年六年目の十八歳だと聞いてる。俺より年下なのは、多分ギャレットさんの配慮だろう。
年の割にはおとなしいが、言われたことはきちんとやってくれるので助かっている。
「おはようございます。留守の間もありがとうございました」
「いえ! ご無事に戻られて何よりです」
満面の笑みでそう言われるが、俺は別に討伐に行ってたわけじゃないんだけど。
笑いを噛み殺しながら、顔だけは取り繕って面接に関する書類のことを聞くが、どうやらこれだけらしい。
あとでギャレットさんに聞いたところ、そうだったかなととぼけられ、相手はひとりなので当日で問題ないだろうと言われた。
そして当日。面接をする部屋に入るが、やはりここにも資料はなく。
ここまでくると意図しか感じない。
はぁ、と溜息をついて、一緒に来たオルセンを見る。
「…オルセン、今日のことで何か私に言っていないことはありませんか?」
「いえ、僕は何も」
ふるふると首を振るオルセンの様子に不審な点はなく。
間違いなく首謀者はギャレットさんだろうから。オルセンに知らせるわけがないか。
「わかりました。すみませんが、トネリさんに資料がないことを伝えてもらえますか」
「わかりました! 行ってきます」
そのまま部屋を出かけて立ち止まり、振り返って一礼してから駆けていくオルセン。
走るなって、いつも言ってるんだけど。
慌ただしいオルセンを見送って。そのまま待つが、今度は一向に帰ってこない。
本当にどうなってるんだとぼやいたところで、扉が叩かれた。
「面接に来ました」
扉の外からの声に、一瞬呆ける。
今の声…?
「…どうぞ」
資料のない面接者。
自分が何を疑問に思っているのか。
確認する間もなく、扉が開いて。
「よろしくお願いします!」
聞き覚えのある声が、部屋に響いた。
暗青の髪に、深紅の瞳。
俺を見て笑みを見せるその顔に。
そういうことかということと、確かに資料なんかいらないかと妙な納得をする。
ギャレットさん、絶対に隠れて見てるんだろうけど。
とりあえず、面接するしかない。
「…事務長補佐のウィルバート・レザンです。本日の面接官を担当します」
何の茶番だと思いながら。定型文を口にする。
「フェイト・レザンです。本日はよろしくお願いします」
よそいきの声と口調で返してくるフェイト。俺を見ても驚いてないから、お前もそっち側だってわかってるんだからな。
内心そんな文句を言いつつ。
「手違いで資料が手元にないので、希望配属先とここを受けた理由を教えてもらえますか?」
「実動員希望です。ギルドに入りたいと思った理由は…」
フェイトの眼差しが、まっすぐ俺に向く。
「俺の兄が、ギルドにいるんです。放っておくと何をするかわからないので、見張りに行けと一番上の兄から言われました」
思わず睨む。
「志望動機にこちらの利がないので不採用とさせて―――」
「ちょっ、待ってウィル兄!」
よそいきの仮面が外れたフェイトを苦笑して見返す。
引っかけられたことを理解したのか、少しふてくされた顔で睨み返してから、フェイトは息をついて表情を緩めた。
「もうひとつ、理由があって。俺は昔からギルドに憧れてたんだけど、村のことを考えると言えなくて。ずっと隠してた」
少し視線を落とし、呟くフェイト。
フェイトがギルドに入りたがってたなんて、俺は全然知らなかった。
視線はそのまま、フェイトは続ける。
「でも家族は気付いてて。最近色々あったのと、弟も成人してるからって、今回ここに来させてくれた」
少しだけ笑い、顔を上げて。
改めてよそいきの顔を作り、フェイトはまっすぐ俺を見る。
「…俺の兄は立派なんです。一番上の兄はずっと村と家族を守ってくれました」
ランス兄のこと。フェイトはちゃんとわかってるんだな。
その目に浮かぶ尊敬の念に。よかったと、そう思う。
そのままの眼差しで、フェイトが続けた。
「…二番目の兄は、ひとりで村を出て、自分を見失うくらい必死に働いて、家族を支えてくれました」
俺に向けられる、同じ眼差し。
「だから今度は俺が、ウィル兄を支えたい。もうあんなことでひとり思い詰めなくてもいいように。もしそうなってもすぐ気付けるように。今までより、近くにいたい」
まっすぐなその言葉は、十年も帰らないなんて不義理をした俺には過ぎたもので。
呆然とする俺に、フェイトの言葉はゆっくり染み込むように入ってくる。
フェイトが俺のことを慕ってくれてるのはわかってたけど。こんなに大事に思ってくれてるなんて知らなかった。
驚いたのと…嬉しいのとで。何も言葉を返せない。
「俺の志望動機は以上です」
そんな俺に。ふっと、フェイトが笑って。
「少しくらいはウィル兄にも利があると思うんだけど」
聞き慣れた声音で、そうつけ足した。
結局、俺が面接をするまでもなくフェイトの採用は決まってて。
今回のことは、ギャレットさんなりのお説教の続きなんだろう。
十分身に沁みたと思ってるんだけど。まだ反省が足りないらしい。
俺には仕事が、フェイトにはまだ手続きがある。もちろん別行動だが、ギャレットさんが話し足りないだろうからと言って、昼食を一緒に取れるように合わせてくれた。
ギルドの食堂。向かい合って座る。
「ごめんな、ウィル兄。騙すような真似して」
しおらしくそんなことを言ってくるフェイトに怒ってないからと返し、俺も息をつく。
「いつからこっちに来るんだ?」
「あと一往復するだけ。皆に報告しないと」
ギルドの寮に、もう荷物はほとんど運び込んだとフェイト。
入ってから三年の間だけ借りられるギルドの寮。フェイトは二十一歳だけど新人には違いない…が。
「…俺のところに来るか?」
「ウィル兄?」
「寮、新人ばっかりだから。お前浮くんじゃないのか?」
おそらくほとんどが成人前のはず。フェイトなら大丈夫だとは思うが、それでも年の差があるのは事実で。
俺の言葉に口を噤んだフェイトも、多分同じことを思ってたんだろう。
「俺は留守も多いし、帰るのも遅いから。自分のことは自分でやってもらわないとだけど、それでもいいなら」
「でも、それじゃ結局迷惑かけることに…」
うつむくフェイトを小突いて。ばかだな、と呟く。
「俺は今まで何もしてこなかったんだから。少しくらい兄らしいこともさせてくれ」
言い聞かせるようにそう言うと、フェイトが泣きそうな顔で俺を見上げた。
「ウィル兄ぃ…」
「荷物。運ぶの手伝うよ」
俺も笑って。それで終わったと思ったんだが。
午後になって、食堂での様子を見てたジェットに思い切りからかわれて。
あまりに腹が立ったから。フェイトの引っ越しの労働力としてありがたくこき使うことにした。




