三八三年 明の三十日
カレアとフェイトが帰る日になった。
単騎でゴードンまで行くので、昼前に出れば暗くなるまでに着ける。
ならそれまでの間にと、渡したレシピの練習も兼ねて、ククルはカレアと一緒に菓子を焼くことになった。
「ごめんね、テオ」
店を任せきりのテオにそう言うと、大丈夫と笑われる。
「昨日も作ってあるんだから。荷物の量も考えてな?」
「わかってるけど」
すぐ作りすぎることは自分でもわかっているつもりなのだが、作る前から釘を刺され、ククルは苦笑した。
フェイトはすっかりアレックを先生扱いで、今後の自主訓練の内容を相談しに行っている。
ふたりが帰ってしまえばまたいつもの日常。
年始にジェットが来て以来色々あったので、おそらく寂しくなるだろう。
もうしばらくの賑やかな時間。
カレアにも喜んでもらえたらと、ククルは思った。
カレアとふたり、作業部屋で菓子を作る。普段から料理はする上に、昨日もふたりで作っていたこともあり、カレアの手際はさすがによかった。
「ククルさん」
作業の合間、カレアが改まった様子でククルを呼んだ。
手を止め、ククルはカレアと向き合う。
「どうしましたか?」
「お礼を言いたくて」
「お礼?」
尋ね返すククルに、カレアは微笑み手を握った。
「ウィル兄のこと。ありがとう、ククルさん」
「…私は何も……」
レザンに泊まった初日、ランスロットからも礼を言われた。
十年故郷と疎遠になっていたウィルバートが帰郷したのは自分とおかげだと。
確かに自分はウィルバートにいつでも帰ればいいと言った。しかし、それだけなのだ。
帰るのを決めたのも、行動に移したのも、ウィルバート本人の意志。自分がお礼を言われるようなことではない。
首を振るククルに、カレアは微笑み、違うの、と続ける。
「村に戻ってきたってだけじゃないの。…ウィル兄、意地っ張りだから。昔から素直じゃないんだけど」
ククルを見るカレアの表情が、ふっと緩む。
「ククルさんの前ではいつもより素直になれるみたい。それで少しずつ、変われたんじゃないかしら」
そう言われ、今までと、レザンにいた間のウィルバートの様子を思い浮かべてみるが、どちらかというとレザンにいるときのほうが雰囲気が柔らかい。
「…ウィルが素直だったのは、家族の前だからじゃないかと…」
そう告げると、カレアは緩んだその表情のまま瞳を細めた。
「…ウィル兄も大変ね」
「え?」
「ウィル兄をよろしくって、言ったのよ」
にっこり微笑んでのカレアの言葉。
そのままの意味で取ったククルは、こちらこそお世話になってますよと笑った。
「じゃあまた!」
朗らかにフェイトが手を振る。
「ありがとう、ククルさん、テオさん」
柔和な笑みと共にカレアも告げる。
「また商談のついでに来てくれたら」
「こちらこそ色々とありがとうございました。皆さんにもよろしくお伝えくださいね」
微笑むククルたちに頷いてから、ふたりが丘を降りていく。
本当に、色々あった。
見送りながら思い起こす。
初めての遠出。出会う人も皆親切で。
ジェットがよく口にする、皆のおかげだから自分も何かを返したい、という言葉。
気持ちはわかっていたつもりだった。しかし今回旅に出て、本当に実感できた。
二度と会うことはないかもしれない自分に、それでも向けられる厚意。
人々への感謝と共に、これからのジェットの旅もその積み重なりで成ればいいと、ククルは願った。




