三八三年 明の二十九日
朝食後、ライナスを発つアリヴェーラとレムを見送りに、ククルとテオは店の前に出てきていた。
「ありがとう、アリー。色々手伝いまでさせてごめんなさい」
「楽しかったんだから謝らないで。絶対にまたすぐ来るから」
そう言って微笑むアリヴェーラ。
「ありがとう。レムのこと頼むよ」
「任せて。目一杯楽しませてきてあげるわね」
言い方、と苦笑するテオにふふっと笑い、アリヴェーラは手を伸ばしてふたりをまとめて抱きしめた。
「ア、アリーっ?」
「本当にありがとう。ロイとおじいちゃんたちの気持ちがよくわかったわ」
慌てた声を上げるテオを気にせず、アリヴェーラは小さくそう呟く。
「私もここが…あなたたちが大好きよ。また来るわね」
「待ってるわ」
右手側にはテオがいるので、自由になる左手だけでアリヴェーラを抱き返し、ククルも応える。
「…わかったから……」
隣で棒立ちのままぼやくテオに、ククルはアリヴェーラを見上げて笑い合う。
ふたりを解放したアリヴェーラは、すぐレムを連れて戻るんだけどね、と、笑いながら一歩下がった。
「じゃあ行くわね」
そう言ってレムを見る。
「ごめんね、お兄ちゃん、ククル」
「楽しんできて」
「アリーに迷惑かけるなよ?」
うん、と嬉しそうに笑うレム。
行ってきますと手を振りながら、アリヴェーラとレムは並んで丘を降りていった。
午前中はミルドレッドへ商談に行っていたフェイトとカレアが戻ってきたのは、昼を少し回ってからだった。
「お菓子も美味かったけど、やっぱメシも美味い……」
ぼそりと呟くフェイトに、口に合ったならよかったよとテオが笑う。
「にしても、ここが英雄の故郷か」
先日はミルドレッドまでしか来なかった為、ライナスは初めてのフェイト。
「ジェットさんもいたらなぁ…」
「ジェットがどうかした?」
食べ終わったトレイを下げながらテオが聞き返す。
続けて渡されたお茶を礼を言って受け取りながら、フェイトは少し残念そうに笑った。
「村でさ、ホントはちょっと見てもらえたらって思ってたんだけど。あんまりそんな雰囲気じゃなかったから」
「見るって?」
「指導っていうか。自分がどのくらいできるのか、比べる相手いないからわからなくてさ」
「フェイトは本当はギルドに入りたかったのよね」
黙って聞いていたカレアがそう割って入った。
フェイトは一瞬動きを止め、それから慌ててカレアを見る。
「カレア姉? 何で知って…」
「皆知ってる。でもウィル兄がいないから、ランス兄の次の男手のフェイトは言い出せなかったのよね」
ごめんね、と申し訳なさそうに謝るカレア。急に謝られ、フェイトはあたふたしながら立ち上がった。
「ちょっ、ちょっと待ってカレア姉! 気付かれてたとかめちゃ恥ずかしいじゃんか…」
姉弟のやりとりを見ていたテオが、少し考え、それならと呟く。
「ジェットくらい強い人、でもいいなら頼んでみるけど」
「え?」
立ったままのフェイトが、きょとんとテオを見返した。
夕刻、カウンター左端の席でぐったりと突っ伏すフェイトに、隣のカレアはククルからもらったレシピを眺めながら尋ねる。
「で、どうだって?」
「どうも何も…」
視線だけ上げて、カウンター内のテオを見る。
「親父さん何者?」
「宿の店主だけど」
疑わしそうな目をされたところで、テオにはそうとしか返せない。
テオの提案でアレックがフェイトと手合わせをすることになったのだが、その後少々指導に熱が入ったようだ。
年始の自分の姿と重なり、テオは苦笑した。




