三八二年 雨の二十七日
昼頃、ダリューンがライナスに到着した。見覚えのある黒髪長身の男に、気付いた住人たちが声をかける。
「お、ダンじゃねぇか」
「ごぶさたしてます」
店にいた住人たちにそう頭を下げ、ダリューンはまっすぐククルの前へと行く。
「ダン! 来てくれてありがとう」
「大変だったな」
カウンター越しにククルの頭を撫でながら、テオへと向く。
「テオも。がんばっているんだな」
「そんなことないって」
テオの頭も同じように撫でてから、ダリューンは銀灰の瞳で店内を見回す。それから少し考えていたのだろう、しばらく棒立ちになったあと、何も言わずに店を出ていく。
おそらくジェットが宿にいると考え、そちらに向かったのだろうが。
相変わらずのダリューンに、ククルとテオは顔を見合わせて笑った。
案の定ジェットとウィルバートを連れてダリューンは戻ってきた。
「クゥ、昼飯がてら場所借りるな」
定位置を陣取りながらのジェットに頷くと、何かつまめるものでと頼まれる。
仕事の話をするつもりなのだろうと、お湯を沸かす間にサンドイッチを作る。男性三人には少ないだろうが、皿が空くまでに次を作ればいい。
注ぎ足さなくていいように大きめのカップにお茶を注ぎ、三人の前へ置いた。
ククルがお茶を持ってきたところで、各自報告を始める。
「先に言っておく」
ジェットを見据えてのダリューンの声。そこに責める響きを感じ取り、ジェットは黙ってダリューンを見返す。
「ナリスはお前がどういう奴かわかっているが、リックは違う。戻ったらちゃんと話してやってくれ」
ナリス・アサレイとリック・シドリア、そしてダリューンとジェットの四人でパーティーを組んでいる。ナリスとは十一年の付き合いだが、リックは今年預かったばかりの新人だ。
英雄に憧れてギルド員になったというリック。自分が辞めるという話はどれだけ彼に衝撃を与えたのだろうか。
「…それに関しては本当に返す言葉がない。すまなかった。リックにもちゃんと謝る」
そう言い、頭を下げるジェット。
「わかればいい」
ほぼ即答でそう返したダリューンに、ウィルバートが呆れたように息をつく。
「ダンはジェットに甘すぎるんですよ」
ぼそりと呟かれた言葉に、心外そうに見返して。
「俺はジェットを甘やかすと決めてるんだから、当然だろう?」
何の躊躇もなく、ダリューンはそう言い切った。
「ダン…」
嬉しい半分、情けない半分。どこまでも自分に甘い兄弟子に、ジェットは笑うしかなかった。
その夜はダリューンが店に残ってくれた。
ゆっくり酒を飲みながら訪れる住人たちと話す様子に、ククルはジェットがここへ来てからずっと手伝ってばかりだということに気付いた。
ダリューンが来たのでジェットは明日帰るという。その前に。
テオに協力してもらい、準備を進める。そして閉店作業まですべて終えた店に、ジェットとアレックを呼んだ。
「私はレムの部屋に泊まるから。エト兄さんたち、まだゆっくり話してないでしょう?」
いつも両親がいたこの店こそ、ふたりのことを語るには一番だろう。
「父さんも。せっかくジェットが来てるんだから」
両親の死後、店も宿もアレックに頼ってばかりだった。少しは悲しみ、懐かしむ時間も相手も必要だろう。
「クゥ…」
呟き、ジェットがククルを抱きしめた。
「ありがとうな」
「…そうだな、今日は甘えさせてもらおうか」
珍しく小さな声で、アレックも頷いた。




