ウィルバート・レザン/覚悟の行方
事務長室の前、俺は覚悟を決める。
レザンから戻ると、翌朝この時間に来るようにと連絡が来ていた。
今回は弁明のしようがない程のことをしたと、自分でもわかっている。
理由はどうあれ、報告の義務が俺にはある。それを無視してひとりで対応し続けた結果、結局は皆の手を煩わせることになったのだから。
深く息をしてから扉を叩くと、すぐに返事が返ってきた。
失礼します、と中に入る。正面にギャレットさんの姿。イーレイさんはいつものことだが、トネリさんの姿もない。
「おかえり、ウィル」
そう言って笑うギャレットさんだけど。目が笑ってないような気がする。
「早速だが報告を頼むよ。レザン村であったことはイーレイから聞いている。君自身に何があったのか、聞かせてもらえるかな」
わかりました、と答えて。俺は自分に起きたことを全部話した。
…ただ、ライナスに行ったことは黙ってたけど。
ギャレットさんは何も言わずに俺の話を聞いてから、イーレイさんがギルドに戻ってからのことを教えてくれた。
脅してたのはやっぱり俺が調べ当てた奴だった。自分よりかなり年下の俺が補佐についたことを妬んでの行動で。俺がうろたえるのを楽しんでから、辞めるよう脅していくつもりだったらしい。ただ、向こうには実際より俺は冷静に見えてたようで、慌てる様子を見たいが為に辞めろと言わずにいたそうだ。
レザンで捕まった奴らは金で雇ったゴロツキで。
手紙に手を加えていたのは、補佐についてから俺を手伝ってくれていた事務員だった。
金ほしさに一度手紙を紛れこませて、それ以降は脅されてたらしい。酌量の余地はあるが、本人がギルドを辞めると決めたそうだ。
「ひとまずは解決したと思うんだがね。なかなか興味深い騒動だったよ」
俺を見据えるギャレットさんの目が、すっと細められて。
実動員じゃない俺なのに。ヒリつく空気が肌でわかる。
…ギャレットさん、やっぱりかなり怒ってるよな。
「ウィルは、今回のことをどう思う?」
まっすぐ見据えられ、問われた。
どうも何も。
俺個人の案件で、自分でできることだからとひとりで動くうちに後手に回り、対応するのに手一杯になった。
そこからは焦るばかりで。結局自分では何も解決できなかった。
皆が動いてくれなければどうなっていたのかなんて、考えたくもないけど。
相手が俺を辞めさせるのではなく、俺から情報を得ようとしていたら? 俺の首ひとつで収まらない事態になってた可能性だってあるんだ。
今回これで済んだのは、皆が早く気付いてくれたからと、相手がヌルかったから。
俺自身は完全に詰んでた。
そう話すと、そうだね、と返される。
「私は君のことを不思議に思うんだよ」
俺?
突然の言葉の意図がわからず、俺はギャレットさんを見返した。
「自己評価の高さから自分ですべてできると思っているのか。それとも自己評価の低さから誰も助けてくれないと思っているのか」
どちらでもないと、思うけど。
でも俺がしたのはどちらに取られても仕方ないことで。
結局は何も言えなかった。
「私は自分の手に余ることはできない、本当に矮小な者でしかないけどね。借りることのできる力がたくさんあることは知っている」
じっと、俺を見て。ギャレットさんは続ける。
「ウィルバート・レザン」
名を呼ぶ、強い声。
「前者でも後者でも、この役職は無理だ。すぐに辞めることを勧める」
顔に出かけた動揺を、何とか押し殺す。
覚悟はしてた、はずだろう?
役職、と言っていたから。ギルドは辞めずに済むかもしれないが、ジェット付きは外されるかもしれない。
今回のことを、ジェットには借りたままで。何も返せないかもしれないな。
ぐっと息を呑み、わかりましたと返そうとした、俺に。
不意にギャレットさんが表情を緩めて溜息をついた。
「本当に、ウィルは馬鹿正直だね」
………は?
何が起こったのかわからない俺に。
ギャレットさんはもう一度わざとらしい溜息をつく。
「馬鹿正直だと言ったんだよ」
いや、それは聞こえてたけど。そうじゃなくて。
辞めろと言われたと、思うんだけど?
何も言えず見返すだけの俺に、ギャレットさんは呆れたように、でも少し優しい笑みを見せる。
「ウィル。君は自分で思っているよりも優秀で、信頼されていて、大事に思われているんだが。気付いているのかな?」
気付くも何も、そもそも何の話なんだ?
完全にうろたえる俺に。
「ああ、そのすぐに顔に出すのはやめたほうがいい」
からかうようにギャレットさんがつけ足す。
「少し冗談が過ぎたかな。悪かったね」
いや、ギャレットさん、全然悪いなんて思ってないだろうけど。
…て、冗談?
もう何が何だかわからない。
俺はギャレットさんのどの言葉を信じればいいんだ?
完全に見失った俺に。
「こういうときは、信じたい言葉を信じればいい」
諭すように、ギャレットさんが告げる。
「相手の口から出ているんだ。あとで何か言われても、こう言った、で通せるからね」
そう言って笑うギャレットさんは。
さっきまでの、怒りの見える顔ではなくて。
「これでも私は君のことを買っているんだよ?」
出来の悪い弟子でも見守るような、そんな顔で。
―――本当に。この人は。
やっぱり俺は何も言えないままで。
拳を握りしめて、うつむいた。
多分。
ギャレットさんは俺のことを辞めさせるつもりじゃなくて、俺の意識を変えたかっただけなのかもしれない。
ジェットたちにも言われた、頼るということ。その判断をできるように。
その相手を、増やせるように。
好きに取っていいと言われたのなら、俺はそう取りたい。
俺はまだ、ここにいたいと思うから―――。
「ギャレットさん」
うつむいたまま、口を開く。
「相手の目を見たほうがいい。そのほうが反応がわかりやすい」
そう言われるけど、この場合読まれるのは間違いなく俺のほうだ。
それでも顔を上げ、ギャレットさんを見る。
「これからも、ご指導をお願いできますか?」
俺なりの覚悟を示すつもりで、そう言った。
まっすぐ見据えたギャレットさんの青い眼によぎる、安堵にも似た、穏やかな色。
「ちゃんとついてくるんだよ?」
「はい」
そう応えると、微笑んでよかったと呟かれる。
「ああ、それと。夜に山道を馬で飛ばすのはやめておいたほうがいい」
つけ足された言葉がいつの話か、考えるまでもない。
…さっき報告しなかったのにな。
苦笑しながらわかりましたと返していると、突然扉が叩かれた。
「何とかギリギリ間に合ったようだね」
どうぞと招くギャレットさんの声に、扉が開いた。
「ん? これってまだ話終わってない?」
場違いな程呑気な声で、入ってきたジェットが呟く。
「これでも余裕をみたんだがね。本当にウィルは強情だな」
どこか楽しそうに笑って、ギャレットさんが言った。




