三八三年 明の二十八日
ライナスに着いたのは昼をかなり過ぎてからだった。
六日振りの故郷。まっすぐ町を抜け、丘を登ったその先に見える、見慣れた建物。
あの上です、とカレアとフェイトに告げて歩き出す。途中アルドに簡単な礼とあとで話しに行くことを伝え、住人たちに声をかけられながら先に進む。
丘を登りきったところで、足を止め振り返った。眼下の見慣れた風景に、ようやく帰ってきたのだと実感する。
右手側が食堂、左手側が宿だとふたりに説明してから、食堂に向かう。
食堂の入口、何故か少し緊張しながら扉を開けた。
カランとドアベルが鳴る。
カウンター内にいた濃茶の髪の少年が顔を上げ、少し驚いたように見つめてから。
「おかえり」
笑み崩れる幼馴染に、ククルも瞳を細めて見返した。
「ただいま、テオ」
アリヴェーラにゼクスからの手紙を渡し、宿のアレックたちにも帰ってきたことを知らせ、とりあえず無事に終わったことを告げる。
テオたちにも説明しなくてはならないが、まずはアルドに話しに行く。カレアとフェイトもお礼が言いたいからとついてきてくれた。
その後テオとアリヴェーラ、そして店に来てくれたアレックに、仕込みをしながら詳細を話す。
警邏隊もあれ以降来ていないとアリヴェーラから聞いた。気にはなるが、ジェットの言うように今回のこととは関係なかったのかもしれない。
ともかく、これでひとまずは落ち着いた。しばらくはこのまま、次の訓練の連絡が来るまでいつも通りの生活だ。
久し振りの店内。変わらぬ様子に、ククルは安堵を覚える。
やはり自分はここが好きなのだと、改めて思った。
一通り話し終わったところで、アリヴェーラがセレスティアに帰ると告げた。レザンでゼクスが言っていた通り、手紙には一度戻るよう書かれていたらしい。
いつここを発つのか尋ねると、アリヴェーラは答えずにアレックを見た。
「それなんだけど。アレックさん、明日からでも大丈夫?」
「こっちのことは気にしなくていい。本人に確かめてやってくれ」
話がわからず、ククルは思わずテオを見る。向けられた怪訝そうな眼差しに苦笑を返すテオ。
「俺たちだけ町を出たから、レムが羨ましがって。そしたらアリーが一緒にセレスティアに行ってもいいかって、父さんに話をつけたらしい」
町を出たことがないのはレムも同じ。元々大きな街に憧れのあるレムのことだ、羨ましがるのも当然だろう。
「アリーが一緒だし、宿はソージュが来てくれてるから。大丈夫だろうってことになったんだって」
「そうだったの。ありがとう、アリー」
礼を言うと、微笑んだまま首を振られる。
「私のほうこそ楽しみなのよ」
話しに行ってくる、とアリヴェーラは宿へ行った。
「せっかくの機会だからと思ってな。しばらく不便をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
夕方にまた来ると言って、アレックも宿へと戻っていった。
ふたりになった食堂で、テオは数日振りのククルの姿に内心ほっとする。
(そんなに疲れてなさそう…かな)
今日帰ってきたばかりなのだ。休んでいてもいいと言ったのだが、店に立ちたいと懇願された。料理も菓子も作れない生活はよほど窮屈だったらしい。
(ほんと、らしいな)
自分の隣、嬉しそうに働くククル。
店を空けたのも、ククルと会えなかったのも、ほんの数日ずつだというのに。
どこか懐かしく感じるこの時間が嬉しくてたまらない。
浮かびそうになる笑みをひた隠し、テオは心中幸せを噛みしめた。




