三八三年 明の二十七日
旅支度のフェイトとカレア、そしてウィルバートとククル。
四人が村を出る日になった。
見送りに来たマリエラに抱きつかれながら、ククルは皆に礼を言う。
「ククルさん、また来てくれる?」
そう問われるが、頷くことができなかった。
「…来られたら私も嬉しいのですが、仕事があるので難しそうです…」
正直に話し、手紙を書くと約束する。
「本当に色々とありがとう」
微笑んでランスロットが頭を下げた。
「これからもウィルをよろしく頼むよ」
「ランス兄!」
「仕事でライナスにお邪魔しているんだろう?」
何を焦っているのだとしたり顔で返されて、苦笑するウィルバート。
その様子に笑みを見せ、ランスロットはウィルバートの肩を軽く叩いた。
「ウィルも、今度こそたまには帰ってこい」
「わかってる」
即答を満足そうに受け取り、気を付けて、とランスロットが呟いた。
ロイヴェインが借りた馬車でベリアへと向かう。単騎のウィルバートも同じ速度でついてきてくれた。
馬や馬車は業者間で連携されている為、大きな街ならそのまま乗り捨てても構わない。
到着したベリアで馬車を返し、新たに馬を借りる。もちろんゴードンで返すことが可能だ。
セレスティアを通らず直接ゴードンに向かう為、アルスレイムに向かうウィルバートとはここで別れることになる。
「本当に馬で行くの?」
心配そうに尋ねるウィルバートに、大丈夫とククルは頷く。
「舗装された街道だもの。ミルドレッドに行くより楽なはずよ」
「確かに道はいいだろうけど…」
まだ心配そうなその様子にくすりと笑う。
「ウィルも気を付けて」
話題を変えたククルに仕方なさそうに息をつき、ウィルバートはわかってると返す。
「アルドさんに、お礼に行きますって伝えておいて」
「わかったわ」
頷くククルに笑みを見せてから、うしろで待つふたりを見やった。
「フェイト、カレア。頼んだから」
「了解!」
「任せて。ウィル兄も」
向けられる笑顔に、ウィルバートも穏やかに笑う。
「ああ。ふたりも気を付けて」
誰に向けるものとも違う、穏やかで落ち着いた笑み。十年帰らなかったことが信じられない程自然なやりとりに、内心微笑ましく思う。
ククルの心中など露知らず、短い弟妹との別れのあと、ウィルバートは再びククルを見つめた。
「…じゃあ、またライナスで」
噛みしめるように呟くウィルバート。
「はい」
頷き、ククルも笑みを見せた。
ゴードンまでは何事もなく到着した。
馬を返し、宿を取ると言ったフェイト。立ち並ぶ宿の中、迷いもせずにそのうちの一軒に入った。
他にも宿はあるのにと不思議に思うククルに、どうかしたのかとカレアが問う。
「まっすぐこの宿に来たのでどうしてかと…」
「ああ、ここ、商人とか業者がよく使うとこだから」
聞こえていたのだろう、フェイトが振り返って答えてくれた。
「ギルド員が多いとことか、一般客が多いとか。大きい街だとある程度わかれるんだ。そのほうが食堂で情報交換しやすいから」
「そうなんですか…」
そんな区別があるのも知らなかったと、ククルは感心する。
先日アルドと泊まったのはここではなかった。
レザンで鶏卵と羊毛の販路に干渉があったと話していたので、アルドは食肉関係に絞って伝手を頼ってくれていた。おそらく宿もあまり業者が使わないところを選んでくれたのだろう。
本当に色々と便宜を図ってくれていたことを、今更ながら思い知る。
明日ライナスに帰ったら、報告がてら改めてお礼を言いに行こうと決め、ククルはフェイトに続いた。
「…ククルさん」
夕食の最中、急に真面目な顔でフェイトがククルの名を呼んだ。
「はい?」
首を傾げるククルに、フェイトは真剣な顔で見据える。
「ククルさんって、その、ウィ―――」
べしんとなかなかの音を立てて、カレアがフェイトの後頭部をはたいた。
「何すんだよカレア姉!」
「いいから。黙ってなさい」
ぴしゃりと一喝し、カレアはごめんなさいねと謝る。
姉弟の力関係を垣間見たククルは、いえ、とだけ応えた。
「ところでククルさん。私、ククルさんにお願いがあって」
「お願いですか?」
そう、と微笑むカレア。
「よければ、うちでも作れそうなお菓子のレシピを教えてもらえないかしら?」
唐突な要望に驚いたのはしばらくで。
すぐにカレアの意を汲み、ククルは笑みを見せる。
おそらくもうレザンに行くのは難しい自分に代わり、弟妹たちに作るつもりなのだろう。
「もちろんです。たくさん書きますね!」
即答したククルに礼を返すカレア。
黙っていろと言われたフェイトは、ふてくされた顔で頬杖をついて眺めていた。




