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三八三年 明の二十六日 ①

 朝を迎え。ジェットたちパーティーはギルド本部へ、ゼクスたちもそれぞれの帰路に着くことになった。

 ひとり帰る先の違うククルは、セレスティアまで皆に帯同し、そこからひとりで帰るつもりだった。

 しかし全員に反対され、どうするかが話し合われた結果。

 ククルは村の客でもあるから女性の同行者をつけてきちんと送ると、なかなかの圧の強さでランスロットが提案し、村で一番腕が立つフェイトと長女のカレアがライナスまで同行することになった。

 数日村を空けることになるふたりの準備があるからと、ククルの出発だけは明日になったので、今日は帰る皆を見送る立場だ。

「俺が送れたらいいんだけど…」

 見送りに来たククルをいつものように抱きしめ、ジェットが呟く。

 今回のことの報告もあるので、ジェットはギルドに戻らねばならない。

「エト兄さんはお仕事があるでしょ。ギャレットさんたちにも、よろしく伝えてね」

「クゥも。まだ警邏隊のことがはっきりしないんだから、気をつけるんだぞ?」

 ベリアの警邏隊の様子からしても、今回のことと店に警邏隊が来ることには関連はなさそうだと、ジェットはククルに話していた。

「悪いことはしていないもの。大丈夫よ」

 苦しいから、とジェットの背を叩き、ようやく解放されたククル。ダリューンたち三人にも礼を言い、またライナスでと告げる。

 ゼクスはククルにアリヴェーラへの手紙を渡し、気をつけるようにと念を押す。

「アリーもひとまず帰すが、もし不安があればすぐに向かわせるから、遠慮なく言うようにな」

 少し心配そうなゼクスに礼を言い、わかりましたと返すククル。

「なに、祝の月に入ればすぐにまた訓練が始まる」

「また世話になるよ」

「はい。お待ちしてますね」

 楽しみだといわんばかりのククルの声に、ノーザンとメイルも笑って頷く。

「アリーと交代で俺がライナスに行くのに…」

「途中で一泊せねばならんのに、お前に任せるわけがないと言っとるだろう」

 自分が送ると言ったロイヴェインだが、これについては全員が即時却下した。

「何かあったらすぐ言ってね?」

「わかってますよ」

 名残惜しそうなロイヴェインに微笑んで返し、ありがとうございますと続ける。

「ジャンさんとルミーナさんにもお礼を伝えていただけますか?」

「うん。難しいだろうけど、いつでも来て。喜ぶから」

「そうですね。また行けたら嬉しいです」

 食堂を営むククルには無理な話だと、ロイヴェインもわかってはいるのだろう。

 それでもそう言ってもらえたことを、ククルは嬉しく思った。



 総出でジェットたちを見送ったあと、マリエラが嬉しそうにククルの傍に来る。

「ククルさん、今日は何?」

「マリエラは何がいいですか?」

 微笑むククルの手を取り引っ張っていくマリエラに、ウィルバートは驚いて目で追う。

「マリエラ?」

「すっかり懐いちゃったのよ」

 くすりと笑っての声に振り返る。

 金色の髪に薄い青の瞳。ひとつ下の長女、カレアだった。

「昨日、お菓子とプレゼントのお礼を言わせてもらったの。あの子たちがあんまり喜んでるから、ククルさんここでも作ってくれて」

「ちょっと待ってカレア。俺も聞いてないことがいくつかあるんだけど…」

「ウィル兄は帰って来ないんだから仕方ないでしょ」

 知らないわよ、と言い捨て、カレアはウィルバートを通り越してふたりを追う。

 突っ立ってその後ろ姿を暫し眺め、ウィルバートは嘆息して歩き出した。



 その後、どうにかカレアから話を聞き出したウィルバート。

 弟妹たちと楽しげに菓子を作るククルの様子を、少し不思議な気持ちで眺めていた。

 レザンにククルがいて、兄の家で弟妹たちと菓子を作っている。

 自分の家族の日常に、ククルがいる。

(…何か……いいな…)

 ギルドにいるよりも穏やかに流れる時間。

 視線の先にいるククルは嬉しそうに笑っていて。

 あぁやっぱりと、心中思う。

(俺はククルが好きなんだな…)

 一度は手放そうとした。

 でも手放せなかった、この想い。

 こんな不甲斐ない、自分だけれど。

 ふと目が合い、もう少し待っててくださいねと微笑まれる。

 菓子のことだとわかってはいるが。

(…まだ、待っていてもいい?)

 自分が待つのはそれだけではない。

 昨夜は呑み込んだ言葉をもう一度、彼女に告げてもいいだろうか。

 声なき問いに応えはないが、それでも自分を見返す瞳は甘く見え。

 自然と笑みが浮かぶ。

 今はただ、ここにいられて幸せだった。



 並んだ菓子を前に、やりきった笑顔でククルは立っていた。

 昨日今日と調理場を借りて久し振りに菓子を作った。

 初めての土地は見るものすべて新鮮で間違いなく楽しくはあったのだが、料理も菓子も作れずお茶すらも淹れられない日々は、少々、いやかなり寂しくもあった。

 やはり自分には食堂での生活が性に合っているらしい。

「これだけ並ぶと圧巻だね」

 できたと呼ばれてきたのだろう、ランスロットが調理場に顔を出した。

 そこで我に返る。

 人様の家の調理場で、材料を使い尽くす程に作ってしまった。

 自分を抜いても十五人いるからと思い、張り切りすぎた。

「すみません、つい…」

「いやいや、嬉しいよ。皆も楽しそうだしね」

 これを作った、これを手伝った、と嬉しげに報告する弟妹たちに目をやり、穏やかな笑みを見せるランスロット。

 慈愛に満ちたその顔に、ずっと父親代わりをしてきたのだろうなとククルは思う。

 弟妹たちからウィルバートに視線を移したランスロットは、先程までの顔はどこへやら、笑みにからかう色を混ぜた。

「何よりウィルが嬉しそうだ」

「ランス兄!!」

 それまで黙って見ていたウィルバートが、急に矛先を向けられ声を上げる。

 普段ライナスで見るより素直な反応を見せるその様子に、やはりここはウィルバートの故郷なのだなとククルは思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  警邏隊の目的はなんなのでしょうね?  なにもやましいことがなくても、冬野だったら   挙動不審になりそう……。  ロイはダメです。笑  ククルは食堂の仕事が大好きなのですね。  働き…
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