三八三年 明の二十五日 ⑤
ウィルバートが次に向かったのは、自分の為にと建てられた家だった。
いつ帰ってきてもいいように用意されていたことを知ったのは、前回初めてここを訪れたとき。足を踏み入れるのは今日が初めてだ。
おそらく到着には気付かれているだろうが、それでも一応扉を叩いてから開ける。
来たな、と笑うジェットとダリューン、ナリス、リック。
ゼクス、メイル、ノーザンと、うしろに立つロイヴェイン。
そして、ジェットの隣。安心したように笑みを見せる、ククルの姿があった。
誰にも怪我はないことは聞いていたが、無事な姿を目にして改めてほっとする。
場にいる皆には家族から向けられた視線ほどあからさまな感情は見えないが、思われているのは似たようなことだろう。
皆に向かい、ウィルバートは頭を下げた。
「すみませんでした」
言い切るその声にもう迷いはなく。
応えはないが顔を上げ、ウィルバートは続ける。
「村を守ってくださってありがとうございます」
穏やかなその表情に、兄貴に絞られたなとからかいながら、ジェットはゼクスを見る。
「俺はさっき話してきたから」
矛先を向けられ、ゼクスは肩をすくめて首を振る。
「儂らはイルヴィナの借りを返しただけだ。礼はいらん」
「そういうことだ。気にするな」
「強いて言うなら次はもっとこじれる前に言え」
続くメイルとノーザンの言葉に、返す言葉もなく苦笑するしかない。
「ロイは?」
ジェットの視線を向けられたロイヴェインは、わざとらしく溜息をついてウィルバートを見る。
「俺も礼なんかいらないよ」
「ロイヴェインさん…」
呟かれた名に、居心地悪そうにウィルバートを見返す。
「もうロイでいいよ…。普通に話して。俺もそうするから」
ハイ終わり、と話を切り上げ、ロイヴェインはダリューンたちを見る。
「そっちは?」
「…そうだな、頼れというくらいだな」
「そういうこと」
ジェットと同じだけの付き合いのダリューンとナリスは軽くそう言い、ふたりに顔を見られたリックは軽く首を振る。
「俺は何も」
笑って軽く済ませる三人にウィルバートはわかりましたと頷いて。
「クゥは?」
ジェットに振られ、ククルは微笑み首を振る。
「私は何もしていませんから」
「クゥはいっつもそれだな」
「エト兄さん!」
声を上げるククルに笑って謝り、ジェットは改めてウィルバートを見やる。
「ま、あと怒るのはギャレットさんに任せるよ。精々とっちめられてこい」
「…ですね」
少々複雑な心境でジェットを見返し、ウィルバートは苦笑した。
ウィルバートの家にはゼクスたち四人、その隣の家にジェットたち四人。ククルはランスロットの家に泊まるよう準備され、ウィルバートはフェイトの家に泊まることになっていた。
話が終わり次第ランスロットの家で夕食にすると伝えられていたらしい。何故かジェットの先導で皆が家を出た。
ぞろぞろと向かう一行。ウィルバートは最後尾から、その奇妙な光景を何とも言えずに眺めていた。
自分ですらまだ二度目の帰省というのに、今共にいるのがこの面々。
本当におかしな状況だと苦笑う。
皆より少し遅れて歩き出したウィルバートに、少し前にいたロイヴェインが振り返った。
「礼を言っとくよ」
にぃ、と口角を上げて、小声で呟くロイヴェイン。
「役得だった。ありがとね」
その言葉の意味をウィルバートが知るのはもう少しあとのこと。
夕食の席でククルが今日誰と来たかを知ったウィルバートは、素知らぬ振りのロイヴェインを思わず睨みつけながら。
やっぱりこいつとは気が合わないと、心中毒を吐いた。
夕食を終え、皆はそれぞれ泊まる家へと戻った。
今日はここに泊まるククルはそのまま残り、そこでようやくウィルバートはククルとふたりで話す機会を得た。
「迷惑かけてごめん」
申し訳なさそうな顔で謝るウィルバートに、ククルは再度首を振る。
「何もなくてよかった」
向けられる穏やかな笑みに紺の瞳を細め、ウィルバートはククルを見つめる。
もう会えないと覚悟を決め、すぐにそれを後悔して。
今、またこうして会えたこと。それが本当に嬉しい。
嬉しいのだけれど。
「ククル」
名を呼び、言いかけた言葉を呑む。
そして代わりに。
「…テオからの伝言を預かってる」
「テオから?」
見上げるククルの表情に、ウィルバートの瞳を一瞬影がよぎる。
「先にライナスに帰ってるからって」
ただそれだけの伝言に、ククルは小さく笑い、ウィルバートを見た。
「…ありがとう、ウィル」
「いや…」
首を振り、瞳を伏せる。
ククルが自分のうしろに誰を見ているのかは、考えるまでもなかった。
ランスロットの家を出て、フェイトの家へと向かう途中。
ウィルバートは足を止め、振り返る。
本当は、ククルに告げたい別の言葉があった。
しかしこれだけ失態を晒し、迷惑をかけた自分が、とためらった。
そして代わりに伝えたテオからの伝言。
それを聞いたククルが浮かべたのは、明らかな安堵で。
やはり彼女の中で、テオの存在は大きなものなのだろう。
前を向き、再び歩き出す。
(…それでも……)
自分の中の彼女の存在。心を占める、その割合は。
きっと、彼女の中のそれよりも。
大きなものだと、思うから―――。




