三八三年 明の二十五日 ④
まずは家族に会ってこいと言われ、ウィルバートはランスロットの家を目指す。
ジェットにある程度話を聞けたことで、落ち着くことも心の準備もできた。
あとは皆に謝り、叱られてくるだけだ。
自分が今朝中央を出ることは、おそらくギャレットと相談済みだったのだろう。ランスロットの家にはレザンの名を持つ全員が集まっていた。
自分に向けられる眼差しに含まれるのは、心配と安堵、呆れに怒り、といったところだろうか。
すべて受け入れるしかないウィルバートは、自嘲を呑み込み少し笑う。
「…ただいま」
応えずにランスロットが前に来た。
前回ここへ来たときは、説教すると言いながらも始終穏やかな表情だったランスロット。
しかし今は、明らかな怒りと悲しみが見て取れて。
(失望させた…かな)
そんなことを思っていると、がっと胸元を掴まれる。
「……本当に…お前はっっ」
絞り出すような苦々しい声。
うつむく顔は見えず、ただ服を掴む右手に力が入るのがわかるだけだ。
「…ごめん、ランス兄。皆。心配かけて」
黙ってひとりで動いたこと。それで余計に心配をかけたこと。
ランスロットが怒っているのはそのことで。
「これからはちゃんと、周りを頼るよ」
悲しんでいるのは、自分にその選択をさせてしまったこと、なのだろう。
うつむいたままのランスロット。ぐっとウィルバートを引き寄せてから、右手を放して抱きしめる。
「無事でよかった」
込められる力に、どれだけ心配をかけていたのかが窺えて。
少々苦しいそれを甘んじて受け入れ、ウィルバートは頷く。
「…皆も無事でよかったよ」
ランスロットの肩越し、見守る皆に視線をやって。
心から、そう告げる。
「ああ。ウィルのおかげでここも無事で済んだんだ。…本当に、ありがとう」
自分も無事だからこそ、それを伝え、喜ぶことができるのだと。
言外の響きに、謝罪の気持ちを込めて抱きしめ返す。
伝わったのかはわからない。しかし、背に回した手で慰めるように軽く叩き。
「……でも本当に。ウィルはバカだな」
いつかの台詞をもう一度告げるランスロット。
ウィルバートは笑い、目を閉じた。
「…ああ。俺もそう思うよ」
そのあと、皆から口々に心配と文句と感謝を告げられる中で。
ひとり、うしろで動かないフェイト。視線を落とし、拳を握り、無言で立ち尽くす。
「フェイト」
前に立って名を呼ぶが、ふいと顔を逸らされる。
こどものようなその仕草に苦笑して、ウィルバートはフェイトの頭に手を置いた。
「悪かった」
応えないフェイト。頭を撫でられてもされるがまま、何も言わない。
「フェイトはウィルを一番心配していたからな」
だから仕方ないと、ランスロットが嘆息して告げる。
「手紙じゃ埒が明かないって言って。ミルドレッドまで行ってくれたよ」
「ミルドレッド?」
「おかげで早い段階でライナス側と意思疎通ができた。ついでに商談までしてきたのは驚いたけど」
笑ってのランスロットの言葉に、だって、とそっぽを向いたままのフェイトがようやく口を開く。
「待ち合わせが肉加工品の業者のとこで。俺も見張られてるかもだし、何か向こうもごたついてるらしいから、別件のフリするのにもちょうどよかった」
ごたついてる、と聞いて眉をひそめたウィルバート。しかしすぐに表情を戻し、そうかと呟く。
「心配かけたな。ありがとう」
「ホントだよ…」
ぼそりと呟き、うなだれる。
「…俺だってウィル兄を助けたいんだ。してもらうばっかりじゃなくて、俺も力になりたいんだ…」
「フェイト…」
「ただでさえ、ウィル兄ひとりで村を出て支えてくれてるのに。ウィル兄に何かあってもここじゃわからないんだ。言ってくれないと、ずっとわからないままじゃん…」
しばらくそのままうつむいていたフェイトが、急に顔を上げてキッとウィルバートを睨みつける。
「ウィル兄っ!」
突然の大声にびくりと少し身を引いて、ウィルバートはフェイトを見下ろす。
「な、何?」
「俺は怒ってるんだからな!」
そう宣言し、びしりとウィルバートに指を突きつける。
「そのうち帰るって言ったのに、結局あれから一度も帰ってこなかったじゃんか!」
痛いところを突かれ、ウィルバートは苦笑する。
イルヴィナの一件で忙しくなり、やっともらった休暇はククルに会うことを優先した。そのあとは式典の準備と並行して訓練についての協議と実施、一段落する間もなく今回のこと。
間違いなく、忙しくはあったのだが。
睨まれてはいるが、怒っているというよりは甘えを見せてくれているだけだということも。
帰ろうと思えばできたはずだということも、わかっていた。
「うん、ごめん」
素直に謝るウィルバートに、フェイトは指を下ろしてうしろを向いた。
「これからはもっと何度も帰って来ないと許さないんだからな!」
素直じゃないところまで兄弟で似るのかと内心笑いながら。
「わかった。約束するよ」
少し声が揺れていることには触れず、ウィルバートはフェイトの頭をもう一度撫でた。




