三八三年 明の二十五日 ②
レザンに到着すると、単騎で来たのだろう、既に数人の警邏隊の姿があった。話は通してくれていたらしく、ロイヴェインが顔を出すだけで済んだ。
「クゥ!」
待っていてくれたのだろう、ジェットがすぐにやってきて馬車から降りたククルを迎える。
「お疲れ」
珍しく抱きついてはこず、そのままロイヴェインに手を上げた。
「ロイもありがとな。ちょっと休んでこい」
「そうするよ。あとよろしく」
ククルに手を振ってから、御者台のゼクスと数言話して入れ替わる。馬車を置きにいくつもりなのだろう。
「ありがとうゼクスさん。助かったよ」
「いや。無事済んでよかったな」
本当に、と返す。
「色々話もあるけど。挨拶したいって言ってるから、まずはそこな」
警邏隊がうろついてさえいなければ、レザン村はとても長閑なところだった。
僅かに傾斜のある土地、左寄りに家が点在し、突き当りにはほかよりも少しだけ大きな家があった。右手の奥には柵が見え、時折家畜の姿が見える。
一番奥の家にふたりを連れてきたジェット。入るなり、ぎゅむっとククルを抱きしめた。
「本当にお疲れ」
「エト兄さん?」
「警邏隊来てるから、外ではできなかった」
イルヴィナの一件ではジェットの姪ということでククルが狙われた。ライナスに訪れる警邏隊の目的がまだわからない以上、用心するつもりなのだろうが。
「今やる必要はないでしょう?」
「全くお前は…」
ククルとゼクスに冷たい声で呟かれ、ジェットは渋々ククルを解放する。
「ま、ちょうど来てくれたみたいだし」
ジェットの声とほぼ同時に、奥から男が姿を見せた。
金の髪に、深い緑の瞳。容姿が似ていないのは当たり前だろう。
「ランスロット・レザンです。遠いところをよく来てくださいました」
柔和な笑みを浮かべ、ランスロットは会釈した。
見回りしてくる、とジェットは去った。ゼクスとふたりで名乗ったあとに、応接間へ通されお茶を出される。
「この度は、ウィルバートとこの村を助けていただいて、本当にありがとうございます」
席に着く前にそう礼を述べ、深々と頭を下げるランスロット。
「本当に、どんなに感謝をしても足りません…」
「楽にしてくれ、ランスロットさん。本人はそう思ってはおらんだろうが、儂らもウィルに助けられた。今回何かを返すことができたなら、それは本望というところだな」
突然のことに慌てるククルが口を開く前に、穏やかな声でゼクスが返す。
ゆっくりと顔を上げたランスロットに笑みを見せ、続けた。
「それに、ジェットたちからも聞いているだろうが、ザルナーにも世話になったからな。お互い様だ」
軽くそう言うゼクスの様子に、ランスロットがようやく表情を緩めた。
「…むしろ父のほうがお世話になったのでは?」
「否定はせん」
あっさり前言を翻し、ゼクスはククルを見た。
「それはあとでゆっくり話すとして」
「ぜひともお願いします」
そう切り上げ、ランスロットもククルを見やる。
「会うのは初めて…という気がしないね」
「そうですね」
少し語調を崩してくれたランスロットに、ククルも笑みを返した。
独り占めしていると怒られるからと、ランスロットはしばらくで場を閉じた。
ゼクスは詳しい話を聞きたいからとノーザンとメイルのところへ行き、ククルはぜひにと誘われランスロットについていく。
家を出て、ランスロットはひとつ手前の家に入った。
中にいた十人程が一斉にこちらを見る。妙齢の女性たちは笑みを浮かべて頭を下げてくれ、リックと変わらぬ年頃のこどもたちが数人、顔を見合わせ近寄ってきた。
「お待たせ。来てもらったよ」
微笑んでランスロットがそう告げる。
「ククルさん?」
前に来た女の子に名を呼ばれ、ククルは頷く。
「はい。ククル・エルフィンです」
女の子ははにかむように笑い、ぺこりとお辞儀をした。
「マリエラ・レザンです。美味しいお菓子をありがとうございます!」
マリエラの言葉を皮切りに、口々に礼を言われる。
「皆ククルさんのお菓子が大好きで」
ランスロットの言葉に、ククルはマリエラたちを見回した。
向けられる期待に満ちた眼差しに。ククルは微笑み、ランスロットを振り返った。




