三八二年 雨の二十六日
「ありがとうございます、ウィルバートさん」
昨夜は閉店作業まで手伝い、今日も残ってくれるというウィルバートに、ククルは恐縮して礼を言う。
「ジェットを連れて帰るよう言われてますので。もう少し休暇を楽しませてもらいますよ」
そう言って呆れたように笑うウィルバートだが、おそらくジェットが店に長居しにくい理由を知っているので引き受けてくれたのだろう。
その豪快な性格に反し、ジェットは意外と苦手な食材が多く、肉と果物はあまり食べない。特に肉を焼く際の匂いが苦手らしく、ジェットが店にいるときはカウンターではなく作業部屋で焼くのだとクライヴから聞いていた。
もちろんククルも父同様、ジェットのいるところでは肉を焼かないようにしている。
おそらくそれを手間をかけさせていると気にしたジェットが、自分の代わりをウィルバートに頼んだのだろう。
気にしなくていいのにとは思うが、苦手な物の話を直接ジェットから聞いたわけではないので、どうにも自分からは言えずにいた。
「エト兄さんはいつまでいられるの?」
「ダンが来るまで、だな」
店に来ているテオの代わりに宿の仕事を手伝っていたジェットは、少し遅めの朝食を食べながらそう返す。
「ダンが来てくれるのね」
ダンことダリューン・セルヴァは、ククルが生まれる前からずっとジェットとパーティーを組んでおり、ククルも、そして町の住人たちもよく知る人物である。
寡黙で優しいダリューンは、ククルにとってジェットと同じく兄のような存在だ。
久し振りに会える、と嬉しそうなククル。
そんな彼女を眺め、ジェットも瞳を細めた。




