ウィルバート・レザン/降り積もる
ずっと執務室に籠もっているのに、全く進まない仕事に溜息しか出ない。
―――あれから四日。こんなに後悔することになるなんて、思ってなかった。
机の一番下の抽斗を開ける。置かれた箱に詰められた手紙。発端はそれだった。
ライナスの訓練から帰ると、溜まった手紙の中に宛名も差出人もない手紙が混ざってた。
中を見て、悪寒がした。
レザンの、詳細すぎる地図。
家の配置、住人、井戸の位置から家畜用の水源の起点、周囲の状況。
事細かに綴られたそれ。最後に一行、ギルド員や警邏隊の出入りがあれば二箇所ある水源に毒を流す、と書かれてあった。
どう見ても脅しでしかないそれに、訓練に行く前届いたランス兄からの手紙に書かれてあったことを思い出した。
レザンの収入源の鶏卵と羊毛、その販路が一時途絶えたと、手紙にはあった。
すぐ解消したので問題はなかったと、続けて書かれてはいたけど。
すぐにそのふたつの事業に顔が利き、俺の存在を邪魔だと思うだろう人物を探した。
見つかるまでの間にも、差出人不明の手紙は紛れ込んできて。
ようやく相手が絞れた頃には、出荷に村を出る時間や通る道。それに携わる住人の名。集荷に馬車が来る時間。そこまで綴られていた。
ランス兄から来た手紙には、書いた覚えのない質問の答えが返されてたり、返事が来なかったと書かれてたりと、どう考えてもどこかで人の手が加わっていて。とてもじゃないけど手紙では危機を伝えることができなかった。
今自分が訪れるわけにはいかないと思い、ジェットが来るだろうライナスには年始はレザンに行くからと手紙を出し、数日後にレザンには、行こうと思ったけど仕事で行けないと出した。
完全に後手に回ってしまい、対応するので精一杯で。
打開策を見つけられないまま、徒に日が過ぎていく。
そんな中。当日は忙しいだろうからと、誕生日の明の一日を目前にククルから届いた荷物。
あのパウンドケーキと、もらったレシピのだという焼き菓子。そして、仕事で使ってもらえたらと添えられ、ペンが入っていたけど。
本当にこれはククルからなのか、仮にそうでも途中で菓子に毒でも盛られているんじゃないか。
ふとそんなことを考えて、青ざめた。
ククルからの贈り物を疑う自分と。
同時に。
俺の振りをして贈られた物を疑わないだろうククルに―――。
せめてと思い、忙しいのでお返しは遅くなりそうだと書いた礼状を送ってみたけど、これすら届かない可能性があって。そして代わりにお返しだといって何かを贈られているかもしれないと思うと、気が気でなくて。
俺がククルを守るためにできることを、必死で探したけど。
ククルが俺からの物を疑うくらい距離を取ることしか、思いつかなかった。
そうしてライナスに向かって。
ククルにもう来ないと告げて。
撤回するなんて言っても消えるどころかさらに募る想いと共に、戻っては、きたけど。
ククルを守る為に。危害が及ぶ前に。
引くことはできたのかも、しれないけど。
―――あの日のククルの姿が目に浮かぶ。
心配そうに俺を見上げる瞳。
思えばいつも心配ばかりしてもらって。
その度に励まされて。
重なるそれに増す想いは、もう自分でも、止められなくて。
本当は淡々と別れを告げて去るべきだったのに、どうしてもできなかった。
未練たらしく抱きしめて想いを撤回するだなんて、真逆のことをする始末。
俺は結局、ククルに縋りたかったんだろうか。
彼女なら言葉にできない俺の本心に気付いてくれるかもしれない。そんな甘えがあったんだろうか。
―――本当のところは、俺自身にもわからないけど。
わかっているのは今の気持ちだけ。
胸を占めるのは後悔ばかりで。
本当に。
俺にはこうすることしかできなかったのか、と―――。
また止まっていた手を溜息と共に動かそうとしたそのとき。
執務室の扉が叩かれる。
見もせずにどうぞと返し、何とか仕事を進めながら相手の言葉を待つけど、いつまで経ってもひとこともなく。
そもそも誰が来たんだ?
そう思って顔を上げて、目を疑う。
呆れた顔して俺を見るのは。
「来たヤツの顔ぐらいすぐに見ろって」
テオ、だった。




