三八三年 明の二十四日
「皆、気を付けて」
馬車の外、ひとり残るテオが告げる。
「テオも気を付けてね」
少し心細そうなククルに笑みを見せ、わかってると返す。
「ライナスで待ってるから」
走り去る馬車を見送ってから、テオは息をつく。
ここからはククルと別行動。数日会えないのは確実だった。
(…初めて、だよな)
町を出ることのない自分たち。毎日顔を見るのが当たり前だった。
次に会えるのがいつになるかわからない。そう考えると、不意に襲う不安と喪失感。
ジェットも、あのふたりも。いつもこんな思いをしているのだろうか―――。
我に返り、苦笑する。
まだ別れたばかりだというのに。我が事ながら、今からこれでは先が思いやられる。
自分の役目はむしろここから。
かぶりを振り、テオは歩き出した。
早朝にセレスティアを出て、ベリアまでは五時間程。
「テオが心配?」
幌は閉められ見えぬうしろを何度も振り返るククルに、ロイヴェインが声をかける。
その声に己の行動をようやく自覚し、ククルは苦笑した。
「気になって」
「そういや初めてか」
納得顔のジェット。
「ずっとテオといるもんな?」
「そうだけど…」
心配というのもあるのだろうが、何となく落ち着かない。
そんな思いに、ククルは気付く。
自分は思っていたよりも、テオがいることを当たり前だと思っていたようだ。
(…頼りすぎよね)
こんな調子では、テオがいないと何もできないと思われても仕方ない。
切り替えようと前を向くククル。
配送用のさほど広くもない馬車の荷台ではあるのだが。
「…ホント、うらやましいったらないよ」
小さなロイヴェインの呟きは馬車の走る音にかき消され、ククルに届くことはなかった。
到着したベリア。加工肉業者の建物前に、馬車は止まる。
送り届けてくれたジャンヴェルドに礼を述べ、ククルたちは足早に建物に入った。
「来たな」
通された奥に揃うのは、ダリューンたち、ゼクスたち、そしてアルド。
「アルドさん」
「話は通してある。集荷もちゃんとずらしてくれてる」
「何から何まで。本当にありがとう」
「役に立てたならいい。気を付けてな」
ぽんとジェットの背を叩き、皆にも頼むと声をかけ、アルドは一足先にライナスへの帰路についた。
「ここへ残るのは儂だな。この足では役に立たん」
「ゼクスさんが残ってくれるなら安心だって。クゥを頼むよ」
お願いしますとククルが頭を下げる。
「あとは…」
「俺も行くから」
自分を見たジェットに、何か言われる前にリックが言い切る。
「俺だってジェットのパーティーなんだ」
まっすぐ見据えるリックに少し瞳を細め、ジェットはロイヴェインを見やった。
「教官の意見は?」
「絶対に勝手な行動をしないこと。誰からの指示も厳守。それが守れるならいいよ」
仕方ないといった様子ではあるが、眼差しは生徒を見守るそれで。
どこか優しいロイヴェインの声に、リックはしっかりと頷いた。
「わかりました」
柔和な笑みでふたりを見ていたジェット。
じゃああとは、と言うと同時に叩かれた扉に立ち上がる。
「イーレイさんも到着したな。詳細は道中で」
「…え?」
皆が立ち上がる中、きょとんとロイヴェインがジェットを見る。
「だから楽しみにしてろって言っただろ?」
「え? ホントに?」
うろたえるロイヴェインに苦笑してから、ゼクスがぺしんと頭をはたいた。
「上には上がいる、ということだな」




