三八三年 明の二十三日 ①
ベリアに向かうアルドと別れ、ククルとテオはドレイクの馬車に乗り込んだ。
夕方の到着までの間、セレスティアのことを話したり、馬車に慣れないふたりの為に休憩をしたりと、ドレイクはとても気遣ってくれた。
そしてさすがは食肉業者、ククルが知らない肉の保存法をいくつも教えてくれ、とても参考になった。
帰ったら試してみようと浮かれている様子をテオに気付かれ、ククルらしいなと笑われる。
そうして到着したセレスティア、ドレイクの店で約束の荷下ろしを手伝う。しかし量はそれ程多くなく、三人がかりだとすぐに終わった。
「ありがとうございました」
ふたり揃って礼を言うと、道中楽しかったよと言ってくれた。
「もうすぐ迎えが来るから、それまでお茶でもと思ったんだが。どうやらぴったりだったようだね」
街のほうを見やるドレイクの視線の先。
走り寄るロイヴェインの姿があった。
到着を知らせてくれたドレイクに礼を言い、ロイヴェインは案内すると歩き出す。
「ふたりとも、久し振りだね」
持つよ、とククルの荷物を取り上げて。街を見られるようにだろうか、ロイヴェインの歩調は少しゆっくりだった。
「ロイも、元気そうでよかったです」
返された言葉に嬉しそうに笑みを向けたのは、ほんの一瞬。
すぐにテオへと問いかける。
「アリーと手合わせした?」
ちらりとロイヴェインを見やり、テオは頷いた。
「ロイと訓練してるみたいだった」
「顔も動きも似てるからね」
それに、と思い出すように遠くを見る。
「…アレもやられた?」
「あれ?」
「何かめっちゃやりにくいやつ?」
「あー…」
同じく遠い目になるテオ。
「アレ反則だよね。おかげで勝てないんだって…」
ロイヴェインに負けるのは嫌と言っていたアリヴェーラ。本当に負け知らずのようだった。
案内された先は大通りを少し外れたところにある店だった。『スタッツガラス工房』と書かれてある。
「家は裏だけど、店見たいなら中通って行けるよ?」
「見たいです!」
即答したククルに笑いながら、ロイヴェインはどうぞと扉を開けてくれる。
目に入るのは、店内に整然と並べられた色とりどりのガラス製品。やはり食器が多いが、中央のテーブルにはアクセサリーも置いてある。入口付近は普段使いの物が多く、奥に行く程大きなものがあるようだ。
さながら色の洪水に、日が射し込めばどれだけきれいだろうとふと思う。
「いらっしゃい」
続き間の奥から出てきた女が微笑んで声をかけてきた。
亜麻色の髪に水色の瞳。小柄でかわいらしい印象の女性だ。
「ただいま」
客ではないとククルが説明するよりも早い、ロイヴェインの声。
「ククルとテオ連れてきた」
「ルミーナです。ロイとアリーが本当にお世話になって」
微笑んで会釈するルミーナ。隣に立つロイヴェインより頭ひとつ半ほど背が低い。
全く似てはいないが、母だと紹介された。
「父たちからもよく話を聞くのよ」
ころころ笑うルミーナは、もちろんゼクスにも似ていない。
思わずテオを見る。テオも不思議そうな顔をしてふたりを見ていた。
「母さん、ふたりとも疲れてるんだから」
「はぁい。ふたりとも、騒がしいところだけど寛いでいってね」
微笑むルミーナに見送られ。
未だ整理のつかない頭で、ククルたちはロイヴェインについていく。
二部屋目に入ると、左手側に大きめの製品が置いてあった。そして右手側、壁の手前半分に大きなガラスが貼られ、奥に工房が見えていた。
「あれが親父」
数人働く中、一番奥に赤茶の短髪の男が見える。
家はこっち、とロイヴェインは突き当たりの扉を開けて中に入った。
通された客間、見慣れた人物が手を上げる。
「クゥ! テオ! お疲れ」
「エト兄さん?」
驚いた声を上げるククルに、満足そうな笑みを見せるジェット。
「迎えに来た」
「ジェット、今日の昼からいるんだよ…」
うんざりしたように呟くロイヴェインに、仕方ないだろとジェットが返す。
「俺たち今ベレットに向かってることになってるんだし。ウロウロできないんだって」
だから助かったと告げるジェット。
自分たちよりも疲れた様子のロイヴェインに、ククルは少し申し訳なく思った。




