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森の前の二人


   ◇



 燃え続ける森を前に張った野営用のテントの中で、クリスとラルフはここに至る大まかな経緯を互いに報告しあった。


「強力な援軍なんて、よく言いましたね。クラウディアの独壇場じゃないですか」

「まあ、そうだな」

「では、クラウディアはまだ隣国の城にいるのですか? まさか、人質に取られてるんじゃないでしょうね」


 柄にもなくそわそわと所在なくしているラルフの反応があまりに予想通りで、クリスがくっくっと笑う。


「はは。今頃歓待を受けているか…… いや違うな。きっと、新しい町の構想やらで盛り上がっているんじゃないか?」

「そんな呑気な。気に入られて、帰してもらえなくなったらどうするんです? どうして森に火なんかかけたんですか。今すぐ迎えに行きたいのに。行けないじゃないですかぁ」


 いつもの余裕綽々な態度はどこへやら、殆ど地団駄を踏むようにして抗議するラルフを、クリスは不思議そうに眺める。


「お前は、クラウディアの意志を尊重していると思っていたが。目の届かないところに行くのは駄目なんだな」

「尊重しますが、ちゃんとオレを従えていてくれないと駄目です。目も手も届く範囲から出て自由にされるのは怖いです。そんなに心広くありません」


 なるほど、と相槌を打ちつつ、我が身に置き換え想像し、クリスは首を横に振った。


「それでも十分凄い。俺は駄目だな。自分が傍にいてもいなくても同じ。大切な物は、安全な箱の中に鍵をかけて閉じ込めて、大事に大事にしたい」

「それを喜ぶ女性は多そうですけどね」

「しかし、真珠姫は喜ばない。今回同行して思い知った。他の女性のように考えては駄目なのだな。あの人の捕らえ所の無さは、一筋縄ではいかない。国を統べる者の立場で言うなら、あの駒は欲しい。リンドブルム王もそう思った筈だ。気に入られて帰してもらえない、というのはあるかもしれないな。まぁ、どんな手を使ってでも本人の意思で帰るだろうが」


 遠くを見つめる、何か悟ったようなクリスの瞳から、ラルフは敢えて目を逸らす。その先の言葉は、口にしてほしくないような気がした。


「クラウディアを妃に迎えることはできない。臣として優秀過ぎる。あの人材を王宮で燻らせておくのは勿体ない。機会があれば国のために多くの功績を上げてくれるはずだし、その意思もある。そして、私は機会を与えてやれる。主と従。それがたぶん、一番良い関係だ」

「クリス様……」

「そもそも、王妃に向かない。ギョー公爵家と王家は、状況に合わせた距離を取ることで他国への脅威と成りうる間柄であるし、今は近付く時では無い。それに、クラウディア自身、今の王家に求められている王妃像…… 民の手本となる女性像とは違う」

「じゃあ、諦めるんですね。オレとしてはライバルが減るのはありがたいですけど」

「ん…… しかし、俺という個人、ただの男としては、簡単には諦められないんだよな」

「往生際悪いですよ。早く諦めてください」

「一度手に入れかけた物って、逆に諦められないんだよな」

「クラウディアは物じゃないですよ。でも、わかります」


 お互い、それぞれに、クラウディアを腕の中に捕らえた瞬間を思い出していた。一人は異性として意識してもらえず、一人は行為自体への好奇心で受け入れられただけだったが。


「しかし…… フォーサイスの顛末をクラウディアが知ったら何と言うだろうか」


 わざとらしく咳払いして、クリスが無理矢理に話題を変える。現実に引き戻されたラルフは、考え込んで唸る。


「そうですね。『影』からの報告では、フォーサイス子爵の他に館の使用人六名を手に掛けているとのことですから、サリー・フォーサイスは死罪を免れないでしょうし、となると、共謀していたフィリップ様も相応の罰を受けてもらうことになるのでしょうか?」

「リンドブルムとの仲を思うとそれも遺恨を残しそうだな」


 リンドブルムとの今後の関係性、今回の件に関わった貴族達の処罰と一部没収せざるを得ない所領の預け先、弱まった国力の回復、国民の信頼回復…… 山積した問題を思うと頭が痛い。二人して、うーんと唸る。


「こういうのは、クラウディアとカインの好物だよねぇ」

「カインはどうしている?」

「たぶん、王都に戻っている筈ですよ」

「真珠姫をリンドブルムに残してきたなどと言ったら、カインにも怒られるのだろうな」

「無言で睨まれるでしょうね」


 その様子を想像して笑う。


「カインは面白い奴だよねぇ」

「そうだな」

「もしも……」


 それ以上は言葉にしなかったが、言わんとすることを理解し、頷き合う。

 「もしも」の時が来ないことを祈りながら。




 

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