悪役令嬢は隣国の王を籠絡する【4】
「面白い。乗らせてもらうぞ! あなたの勝ちだ」
「いやですわ。私は利用されるのですから、陛下の勝ちです」
「そうであったな。ところで、我が国の払う犠牲とは何だ? 今の話の中にそれらしきものはなかったようだが」
「町の建設やら行政に関わるちょっとした役割分担の問題ですわ。寧ろ、犠牲を払うのはラインベルグかもしれません」
「良い良い。それについてはゆっくり詰めよう。さてはて、しかし、もめる前に既成事実が必要。クラウディア嬢がこちらに滞在している間に森を焼いてしまいたいな」
「失礼ながら、よろしいでしょうか」
二人の間で話が進む中、ローランドの後ろに控えていた側近が口を挟む。
「申せ」
「大掛かりな野焼きをすることになります。何の触れもなく突然に我が国の軍を動かしてそのようなことをなされば、勅使殿を人質に取っての侵略行為と見られるのでは? 逆に、こちらを攻める大義をラインベルグに与えることとなります」
「あら、そうですわね」
クラウディアが失念していたとばかりに焦りの声を上げた。それを聞いたローランドは、ひとつやり返したような気がして少し得意になる。実際、やり返したのは自分ではないのだが。
「本当は、両国の旗でも掲げれば良いのでしょうけれど…… そうね…… では、ラインベルグの紋章の入った軍服を着た者が、兵を指揮するのではどうでしょう。両国の軍が手を取り合っての事案だと言い訳できるわ」
「どうだ?」
「それでしたら問題無いかと」
側近の言葉を聞いたクラウディアが振り返り、背後に控える軍服の青年に「できますか?」と聞く。「はい、あなたの仰せのままに」と答える背の高い青年は、よく見ると、威風堂々とした気品の漂う所作と佇まいをしている。
「そうそう、鼠が迷い込んでいるかもしれないから、見つけたら保護してさしあげてね」
主の言葉に頷くと、退室の許可を得て、ローランドの側近と共に出て行く。突然他国の軍の指揮を取らされるというのに、気負いも怯みもしない態度に、「これも、どこか名のある家の子息なのであろう」とローランドは一人納得して頷いた。
それにしても、取って付けたような王家の紋章の入った軍服は、初めからこの為に着ていたもののように思える。
「まさか、ここまで計算していたのではあるまいな?」
「なにをですか?」
「あの軍服。もしや、最初から我が軍の指揮を取らせるつもりだったのではと」
「いえ、違います。その事については本当に失念しておりました。あの軍服は、寧ろ、あの方自身をお守りする為のもの」
「あの方?」
「ええ」
これまでで一番の無邪気な微笑みに、嫌な予感が過り、瞬時に察する。なぜ気付かなかったのだろうか。あの透明感のある金の髪、なにより、見覚えのある自信に満ちた面差し。あれは……
「ラインベルグ国王太子、クリス・ラインベルグ殿下でございます」
やられた!
話が違う! と舌打ちしたいのに、ローランドの口をついて出たのは、「このタイミングで言うのか」という恨み節と、笑い声だけであった。
「王子を隠して同行させるとは、策士だな」
「あら、押し付けられただけです。王太子殿下を同行させるなんて、気を使うし迷惑だったのですが、王様の言いつけで断れず。渋々ですのよ」
自国の王族に対するとは思えない物言いに、呆気に取られる。
ローランドは幼少より他の兄弟達から離され、いずれ王になる者として学び、生きてきた。それは、自尊心と同時に疎外感も育てていたのだが、即位する頃には、周囲の者全てが自分を見上げてくることに慣れ、諦めることに慣れ、孤高である寂しさや不安に蓋をしていた。
まさか、我が子程の年齢の娘に言いくるめられ、寄りかかり、手のひらで転がされるのが、こんなにも心地良いものとは知らなかった。寧ろ、自分の地位や立場を脅かすことの無い、圧倒的に弱い立場の者にだからこそ、安心して寄りかかれるのかもしれない。いや、たんにこの令嬢が特別なのだろうか……
あれこれと言い訳を考えながらも、初めての経験に心が浮き立っていた。
「はっはっはっ! クラウディア嬢、あなたを我が国の特別な貴賓として、生涯に渡り優遇しよう。いや、いっそ我が国に嫁ぐのが良い。私に息子が無いのが実に悔やまれる。今居た側近はどうだ? あれは伯爵位だが不足なら侯爵にしてやっても良い。無愛想だが誠実で頭の切れる男だ」
「ありがたいお話ですが、私はラインベルグにやりかけの仕事を残したままですので」
考えもせず断られ、更に手を伸ばしたくなる。
王太子であるクリスの敬意を持った態度からも、この令嬢のラインベルグでの評価は窺い知れた。或いは王太子の相手であるかもしれないとも思いはしたが、聞かない。知らないという建て前があってこそ、打てる手もある。
「……では、帰る前に我が娘に会ってやってくれぬか? いずれ私の跡を継いで女王になる身だが、隣人として付き合ってやって欲しい」
「光栄に存じます」
屈託なく上品に笑う自然体のクラウディアを、ローランドは心から「欲しい」と思うのであった。