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悪役令嬢は隣国の王を籠絡する【2】


 人払いを要求され、意図を尋ねようと口を開きかけたところ、件の令嬢がくすりと笑った。


「申し訳ございません。国外へ出るのも初めての箱入り娘でございますゆえ、他国の中枢で取り囲まれてでは緊張して上手く舌がまわりません。ラインベルグ国王陛下からは私信も言付かっておりますし、できましたら、もう少しだけ気の置けない場所を用意していただけませんでしょうか?」


 よく通る涼やかな声。恐れながらどころか臆することもなく、舌がまわらないどころか淀みなく、言葉を紡いでいく様は掴みようがなく不敵だ。王座のローランドを正面から見据える尊大なクラウディアは、見上げる立場にあるのを周囲に忘れさせるだけの気迫と気品に満ちている。それは、ローランドは意識して自尊心を奮い立たせねばならぬほどであった。


「かまわぬ。別の部屋で聞こう。ついてくるが良い」


 一瞬でも怯んだ様子など見せず、こちらも余裕の態度で承諾し、立ち上がる。油断すると呑まれそうな雰囲気のある娘だと警戒しつつ、しかし所詮は単なる一貴族の子女である。こちらの優位は揺るがない、と既に完全に呑まれている家臣を睨みつけて、その場を後にした。


 クラウディアが連れるのは丸腰の騎士。ラインベルグ王家の紋章が入った飾りの多い軍服は近衛であることを示していて、この令嬢が王家の使いであることを意識させるのに一役買っている。それに対してローランドは、側近一名を連れて部屋に入る。机を挟んで向かい合った長椅子に座り、お互いの連れを後ろに控えさせて会談は始まった。


「さて、聞かせてもらおう。ラインベルグ国王は、」


 早速と話し始めたローランドの目の前で、白金の髪が机の上に落ちていく。


「いいえ、まずは先程の不遜な態度の謝罪をさせていただきたく…… 王の名代などという、身の丈に合わぬお役目を承ってしまい、勅使としての威厳も示さねばならず…… あのような……」


 今の今までの女王然とした態度はどこへやら。机につくほどに頭を垂れ、訥々と謝罪の言葉を口にする令嬢の姿に、今度こそ怯んだ。自分より弱い立場の、しかも、年若い女性に頭を下げさせている背徳感で、ついさっきまで滾っていたはずの自尊感情が一気に萎える。


「頭を上げてください。そのようなことをなさるのは、」


 抗議の一つも口にしようと出しかけた言葉を飲み込む。ローランドの要望を受けて、クラウディアが頭を上げたのだ。


 俯き加減のその顔……


 長い睫毛の奥で戸惑いの色を宿す、伏し目がちの瞳。恥ずかしそうに染められた薔薇色の頬。血色の良い唇は化粧でなく、下唇を噛む癖のためであるらしい。周囲からの視線の中、遠目に見ていたのとはまるで違うその姿は、可憐の一言に尽きる。

 繊細さと脆さを隠さず晒され、「泣き出してしまうのでは」と、ローランドは臆面もなく狼狽した。しかし……


「我がままを聞き入れてくださり、ありがとうございます。本当に困っておりましたの」


 ローランドの心像など知らず、今度は綻ぶように笑う。その笑顔には淀みなど無くただただ純真で、ローランドは先程まで他国の王と重臣を堂々とをたじろがせていた不敵な美女と、目の前の幼気な少女のような人とが脳内で重ならず混乱する。


「言付けはひとつ。『フィリップは従兄弟にあたる。悪いようにはしない』以上です。それを踏まえた上で…… ラインベルグ国王陛下の意向は、弟君、宰相フィリップ様の身柄の引き渡し」

「それはできない」


 有無を言わさず一言で拒否する。翻弄されそうになったが、そこはローランドとて王族として培ってきた経験がある。簡単には流されない。

 しかし内心では「どんな反応をするだろう」と少なからずびくびくしていた。なにせ、このような国の大事をきめる会合に出てきたのが王族でもない若い女性だなど、初めてのことである。


「はい。わかりました」


 間髪入れず受け入れられる。


「国にはそう伝えます。では、次に私からの提案なのですが……」

「ちょ、待て」


身構えていただけに虚を衝かれたローランドは、さっさと次の話題に入ろうとするクラウディアに思わず待ったをかけてしまった。


「良いのか?」

「はい。もしや、引き渡したいのですか?」

「いや、弟はこちらで責任持って断罪する」

「はい。お願いいたします」


 言質は取りましたよ、とでも言うような笑顔を向けられ、乗せられたのを知る。


(やられた。この娘の狙いは()()()()()())


「良い裁きをなさってくださると、ラインベルグは陛下を信用いたします。そもそも、我が国の民はフィリップ様を悪く考えておりません。有り体に申せば、人気があるんです」


 寝耳に水の話であった。


「勿論、実際に会った人などほぼいないわけですから、偶像としてですが。アン王女はリンドブルムから帰った後、民の為に尽くした人気のある方でしたし、それに……」


 クラウディアが後ろを仰ぎ、手を上げて何か合図すると、控えていた騎士が持っていた数冊の本を渡した。実のところ、何だろうとずっと気になっていたのだ。


「こちらは、アン王女に似た境遇の人物を主役に据えたシリーズで、世に言う『女性小説』として十年ほど前に立て続けに発表されました。……十年前、アン王女が亡くなる少し前から二年かけて三冊が出版され、続編を期待されていましたが、アン王女が亡くなると続編は刊行されなくなりました。作者はエナとなっていますが、これはアンの綴りを逆にしたものと言われています。つまり、作者はアン王女その人ではないかと、女性小説好きの読書家の間では言われているのです。一冊目は少女時代から結婚が決まるまでを、二冊目は結婚から嫁ぎ先で国を追われるまでを、三冊目は隣国に残さざるを得なかった子に対する母の思いを綴ったと言われています」


 そのような物があるなど、全く知らぬ話であった。


「しかし、三冊ともに共通して底に流れるのは、ラインベルグとリンドブルムという国同士の仲を引き裂いた後悔」


 その言葉に息を呑み、机に置かれた本に落としていた視線を上げると、覗き込むアクアマリンの瞳とぶつかった。その奥に宿る深い慈愛に息が止まりそうになった。


 振り回されまいと意気込んでいたはずのローランドであったが、既にクラウディアに意識を集中しすぎていた。




  

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