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悪役令嬢は王を籠絡する【2】

 

 さすがに狼狽えるであろうと思われたクラウディアであったが、大方の予想に反して冷静であった。顎に手を当て俯いて少し考え込んだ後、ふと視線を上げる。


「ここにお父様がいらっしゃると言うことは、これはお父様も了承済みの、ギョー公爵家への依頼という理解でよろしいのでしょうか」

「そうだよ。ギョー公爵家に…… クラウディアに一任するということだ」

「ギョー公爵家のやり方でよろしいのですね?」


 しつこく念を押すクラウディアに、王は気を悪くするでもなく、穏やかに頷く。


「そう。好きにして良い。クリスを連れて行くと良い。好きに利用して、リンドブルム王を口説き落とせ」

「わかりました。ギョー公爵家の威信にかけて、リンドブルムとの国交回復、あちら側の首謀者の排斥、こちら側の首謀者の逃亡の阻止、全て成してご覧にいれます」


 そう言って屈託のない笑顔で会釈する令嬢に、その場に居合わせた三人こそが呆気にとられる。実のところ、このような重責を押し付けられては怯むであろうと予想していたものを、あっさりと引き受けられてしまい、提案した方が戸惑っていたのだが、それすらもクラウディアは意に介さない。


「では、明朝出発で良い、です、か?」


 クリスの言葉に、クラウディアが首を横に振る。


「いいえ、それでは遅いわ。これは時間との勝負よ。陛下が出向かず使者を立てるのには、身軽さも加味してあるはず。今すぐ立ちましょう」

「しかし、じき夜だ。危険な目に逢わせるわけには……」

「いいえ。森は抜けません。私達が目指すのは海。それに、夜だからこそ好都合なのですわ。街道は整っておりますし、邪魔な通行人も無い。馬を飛ばせば今日中に港まで行けます。そこで明朝一番の船を待ちながら準備を整え隣国へ向かいましょう」

「あなたは先程まで牢にいたのですよ。少し休まなくては……」

「ええ、そう。退屈にも、牢でゴロゴロしておりました。体力はありあまっております。クリス様も、地下牢に様子を見に来る元気がおありのようだし、毒の影響は少ないようですね」


 にっこり笑うクラウディアを前に、苦笑いしか出ない。毒で倒れているはずの自分の姿を見ても何も言わないからおかしいとは思っていたが、地下牢で目撃されていたらしい。その時には何もリアクションせず、しれっと牢屋番やビューラーとの話を優先させた判断にも驚く。


「は、はは……」


 感心を通り過ぎて呆れ、乾いた笑いがでた。




   ◇




 執務室に残された王と公爵は、のんびりとした雰囲気で椅子に腰掛け、茶を飲んでいた。


「面白い娘に育てたものだな」

「私もあれの底は知れません。勝手にああなったのです」

「そんなわけがあるか。お前にそっくりじゃないか。いや、実に面白い。あれが男子であれば王家で預かって他国との調停役として育てたかった」

「ああ、今、メルティローズ家にはラルフしかおりませんからな」

「社会勉強も兼ねてラルフを東国へ送り出したのだが、期待したのとは別方向に強くなって帰ったからな」

「メルティローズにとっては期待『以上』でしょう」

「あの家系は、交渉術に長けている。自覚は無いようだがな。外交官に育てたいのだが、毎度断られる」


 公爵がくっくっと笑う。


「メルティローズの代わりにクラウディアが諸外国との交渉役となって国外を活動の場としたら…… その能力の高さを目の当たりにしたら…… クリス様も妃に向く性質でないと諦めてどこぞの姫君とでも縁組みしてくれるかもしれませんな」

「まあそういうことだ。正直、国内がごたついている今、脅威はリンドブルムでは無い。この機会にきっちりと、クラウディア嬢への思いを断ち切ってきてもらいたいのだよ」


 そうは事は運びますまい、とは言わずにまた、くっくっと笑う。そんな公爵を前にすると、王は嫌な予感がしてくるのだった。




   ◇




 近衛騎士一人を護衛として、夜の間に馬を飛ばし明け方に港町にあるギョー公爵邸へ着いたクラウディアとクリスは、突然の訪問にもかかわらず、館を管理する者達に非常な歓待をされていた。


「すみません。すぐに立つから良いと言ったのに、あれこれ食事を用意されてしまいました。どうぞ、お気になさらず少しでも休んでください。客用の部屋を急ぎ整えさせましたので」


 本当は「同室でよろしいですね」と勝手に二人をクラウディアの寝室に通そうとされたので、慌てて別室を用意させたのだ。勘違いしすぎ! と怒るクラウディアに使用人たちは残念そうであったが、クリスの様子を見るに、満更勘違いでもないのだろうと密かに頷き合っていた。


「私は少し、荷物をまとめます。クリス様は必要な物はありませんか?」

「いや、手を動かしながらで良いから、少し話しをしませんか。急いでここまで来てしまったので」


 その言葉にクラウディアは頷き、居住まいを正して自らが切り出す。


「陛下の意図についてですね。そうですね。……私も馬の背で考えておりました。クリス様は我が国にとって、なくてはならない方。そんな方をこんなに気軽に行かせるなんておかしいわ。きっと、リンドブルムと我が国の関係は思っていた以上に良好なのです。実際は、私などが行かなくたって、王弟の謀反、領土問題、国交回復についても、陛下とリンドブルム王との間で簡単に決着のつく問題なのではないかしら。つまり、私を行かせるには、別の意図があるのです」


 クリスの考えも同様であった。しかし、その意図というのが掴みきれないのだ。クラウディアを矢面に立たせるからには、「おまえの手で解決してみろ」と自分が背中を押されているわけでもないのだろうし……


「敢えて森について話題にするからには…… 森を始末してしまえとおっしゃっておられるのです。そして、敢えてこの貿易に強いギョー公爵家に一任する、と言うからには…… 国交回復について、とくに、貿易について今整っている条件以上の好条件を引き出せということです!」


 どやっ! と、してやったりと言った表情で言い切るクラウディアと、その勢いに気圧され、実は的外れにも関わらず納得してしまうクリスであった。





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