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悪役令嬢は王を籠絡する【1】


 急ぎ王の執務室へ向かったクリスを待っていたのは、王と談笑するギョー公爵だった。呆気にとられるクリスに気付きちらりと視線を送ると、父である王は破顔する。


「回復したと聞いたが、体調は悪くないようだな。ふむ。顔色も良い」

「我が国の無二のお方ですから大事になさらないと」


 王の言葉に公爵も頷く。

 いや、あなたの家で毒を盛られたわけだが、とは言わないでおく。


「体調は、確かに死ぬほどには悪くありませんが。……この状況は何ですか?」


 クリスの問いに公爵と王が顔を見合わせる。


「毒を仕込んだ方法は我が娘が暴き、先ほど検証され、証拠も発見されました。此度の騒動は、娘を狙ってのことと思われます。偶然とはいえ王太子殿下を危険な目に合わせるなど、あってはならないことでした」

「そうか、やはり狙われたのはクラウディアか」

「回復してくださって本当に良かった」

「寧ろ毒を飲んだのが私で良かった。クラウディアならもっと重症化して……」

「いえ、大丈夫。我が家の子供達は幼い頃より、あらゆる危機を察知できるよう仕込んでありますし、毒に関してもこっそりあれこれ盛って耐性をつけてあります。しかしまぁ、たぶん、飲み込む前に気付いて吐き出すことと思いますが」


 さすが、この父あってのクラウディアか、と、したり顔の公爵に舌を巻く。


「ところで、今、公爵と話していたのだが…… クラウディア嬢をよく知るお前の意見も聞かせてくれ」


 突然真顔で切り出され居住まいを正したクリスであったが、続けて聞かされた王からの提案に、思わず絶句した。




   ◇




 近衛兵と共に王の執務室に入ってきたクラウディアは、緊張している風でもなく、ただ興味深げに王の前に進み出ると、ごくごく自然な流れで礼をした。


「あなたと会うのは随分久しぶりだな。まだ小さな女の子だった頃だ」


 近衛兵は下がり、部屋にいるのは王、公爵、クリスとクラウディアの四人だ。


「此度の事案については、表沙汰にしないこととした。理由はわかるかね?」

「先のクーデターの首謀者を追い詰める準備が整っていないのですね」


 クリスと同じ金の髪、クリスに威厳と威圧感を足したような渋味のある風貌の王が、にこりと笑う。


「そう、その者が逃げ込む先は分かっている。ルートも分かっている。しかし、問題は、それが誰なのかも分からず、何の証拠も証言も得られていないということだ」

「ルートを封鎖しないのは、首謀者をおびき寄せる唯一の罠だからですね」

「あなたは罠猟をするのだったな」

「恐らく、今回狙われたのは私。クリス様はとばっちりですね。しかし、手違いとはいえ王太子殿下に毒を盛ってしまったとなると、首謀者も『ここが潮時』と焦って逃げ出しかねない」

「そう。だが、こうなってしまうと、いつ話が漏れるとも知れず、罠を張る前にルートを抜けてしまいかねない」

「では、急いで準備しなくては!」

「あなたは首謀者について心当たりがあると聞いたが」

「はい。間違いありません。城に来るまでは推測の域を出ませんでしたが、地下牢でビューラー辺境伯から証言をいただきました」


 くすっと王が笑う。釣られて公爵も、クリスも思わず吹き出した。


「さすがは我が娘!」

「さすがクラウディア!」


 もっと疑われるとでも思っていたのか、クラウディアが目を見開いて驚いている。


「牢に入れられて平然と任務を遂行するか。肝の据わった、噂通りの面白い令嬢だな」

「ありがとう……ございます?」


 なんだか腑に落ちない、というふうにぎこちなく礼を言うと、クラウディアはさっさと空気を戻して話を続ける。


「得た証言についての詳細は後に記述を取るとして…… 罠が準備できていない具体的な理由とは、首謀者が逃げ込む先、隣国リンドブルムとの外交的な問題ですか」

「そういうことだ。リンドブルムとは近年国交が断たれている」

「アン王女が離縁されてからですね」

「我が叔母のアン王女がリンドブルムの先代の王の正妃になった頃は国交も盛んだったと聞く。しかし、リンドブルム王の側妻に先に息子が産まれ、自分の息子を跡継ぎにしようとしたアンは、側妻の子を殺めようと謀略を張り、事が発覚して離縁された。そこからだな」

「国境の森を巡っての境界線争いが表面化したのですよね」

「そう。国境が森のあっち側かこっち側かなど、両国の関係が良好であればどうでも良い問題だが、関係が悪化するとそうもいかない。お互い、森が目隠しとなって軍を配備しやすくなる。一触即発だ。おかげで監視のための軍事費が余計にかかる。……ところが、今年になってリンドブルムの方から内々に国交復活の申し入れがあった。クーデターが発覚する前のことであったが」

「ええええええ?」


 これは寝耳に水の話であったらしく、珍しく黙り込んで考えを巡らすクラウディアを、王がニコニコしながら眺める。


「……リンドブルムの主要産業は牧畜と毛織物。近年は各国で綿の栽培が盛んになり、毛織物の需要は減っています。もともとリンドブルムからの毛織物の輸入量が多かった我が国との国交を復活させたいということでしょうか。だとしたら、我が国のクーデターに加担しようとしたのは、リンドブルムの総意ではない…… というより、『王』意ではないのかしら?」


 話しながら考えをまとめているようで、はっ、と何かに気付き、いやまさか、と自分の考えを打ち消すように首を振る。そんなクラウディアの様子を見ながら、クリスは不思議な思いがした。察しの良さもさることながら、殆ど初めて言葉を交わす王を前にして思索に没頭できるほどの重圧への強さだけ取ってみても、クラウディアはどこか常人とは違う。分かっていたつもりでも、目の当たりにすると面食らう。


「もしかして、アン王女がリンドブルムに残してきた王子、または、その子供? ラインベルグを落とし、王家に連なる者を亡きものにして、自らがラインベルグの国王になるのが目的だとしたら……」

「ははは。本当に鋭いな。たぶん、そうだろうと私も思う。しかし、我が国を手に入れるのもまた布石。リンドブルムの王弟であり宰相、アン叔母の息子サムソン公の狙いは、あくまでもリンドブルムではないかな。従兄弟にあたるのでな、話したことがあるのだが、あれはラインベルグになど興味は無いよ」

「つまり、本来ならラインベルグ王家との血縁を伝に両国の橋渡しをすべき宰相が、ラインベルグ王家を乗っ取り、自分の血筋の正統性を示して、リンドブルムを…… アン王女を自分から引き離して郷に帰してしまったリンドブルム王家を真っ向からぶっ潰したいわけですね!」

「そういうことだ」

「なるほど。合点が行きました。おかしいと思っていたのです。クーデターに加担したことが判明しているのは、ビューラー辺境伯を除いて子爵以外の低い爵位の者ばかり。更に首謀者までも子爵夫人とあっては、まとまるはずもないと思っておりました。目的や主張は違うにしても、こちら側の首謀者とあちら側の首謀者は手段を同じにしているという点で手を取り合ったわけですね」

「となれば、我が国のとる道は?」

「リンドブルム王に直訴すべきです」

「そう。しかし、未だ敵対している隣国だ。私は易々とは行けない。リンドブルム王も大凡この事態のあらましは分かっているのだろうが、サムソン公が尻尾を出していない今はまだ、こちらに対して簡単に頭を下げるわけにはいかない。そこで、うまく間を取り持ってくれそうな者を、勅使として出そうと思う」


 あ、なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ、と、察しの良いクラウディアであればこそ表情を曇らせる。


「行ってもらえるな?」


 終始にこやかな王である。しかし、疑問型でありながら、有無を言わせぬ圧で言い切った。




 

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