悪役令嬢、会議でプレゼンする
いよいよ、会議当日。お父様、お兄様に時間を作っていただき、ギョー公爵邸書斎にてプレゼンテーションを行っていた。
「……続きまして、資料の6ページをお開きください。こちらの資料は池蝶貝の生息分布図と、繁殖可能と思われる湖をピックアップしたもの。別資料として我が国の地図を添えてあるのでご覧ください。こちらの地図は、各地域の領主を書き加えておきました」
「へえ。わかりやすいね」
お兄様に言われて、思わず得意になる。コピー機がないから手書きで三部。物凄くがんばったのだ。
「ゼロからの人工繁殖の場合、良い母貝を選択して残し、良い球を育めるという利点はありますが、相手は生き物ですから、データ以外の不確定要素により、そもそも繁殖できない、うまく育たない、育ったところでもともとの生態系を崩しかねない、初期投資が多く必要など……リスクが高くなります」
「良策ではないな」
「ですね」
「そこで、私が提案いたしますのは!……次のページを開いてください。既に池蝶貝が生息しているマクスウェル領マキシ湖を利用しての、真珠の養殖です!」
そう、私が狙っているのは、真珠の養殖という新規事業により、マクスウェル家とのパートナー関係を築くこと。
「他にも池蝶貝が生息している湖はあるようだけど?」
「はい。国内に池蝶貝の生息する湖は幾つかありますが、どれも、お父様とは政敵の立場にある方の領地であったり、手狭であったり、既に別の利用方法を見出された湖ばかり。その点、マキシ湖は……」
「マクスウェルは湖を利用しての観光事業に失敗したばかりと聞く」
「その通り。別荘地として売り出そうとした建物が無人で放置されています。これを借り受け、研究や作業の施設、派遣する人員の住居として利用します。そして、湖の提供料を支払い、経営は口出し無用でこちらに一任させていただきます。……軌道に乗るまでは」
「軌道に乗ったら?」
「全て、マクスウェル伯爵に払い下げ致します」
「それでは、我が公爵家の利益は無いな。マクスウェルへ技術と資金を丸々提供するようなものだ」
「それで良いのです。……今は」
「今は、とは?」
「次のページを開いてください。こちらは、真珠の知名度を調査したデータです。貴族と、それ以外とで分かれています」
「ふむ。流石は幻の宝石と言われるだけはある」
「ええ。そうです。知られていません」
「……むむ」
「貴族は、真珠製品を持っていないまでも、知ってはいる。しかし、それ以外は壊滅的。商人でさえ知らない者は多い」
「だからこそ値打ちがあるのではないか? 貴重だからこそ高値がつく」
「ええ。そして、一部の者しか潤いません」
「むぅ……」
「商売として成り立っていないのです。そもそも、だれもその価値を知らないなら、持っていても自己満足に過ぎません。真珠の価値を高めてくれるのは、知名度です。他に類を見ない色彩と輝きは既にあります。真珠の価値を高めてくれるのは、人々の目に触れることと、手が届くこと。手が届けば、興味が湧きます。欲する者の分母が増せば、市場に競争が起こります」
「しかし、養殖に成功し、真珠が安価で市場に出回るようになったら、我が領地産の真珠の価格も下げなくてはいけなくなるのでは?」
「それにつきまして、実は、秘策がございます。海で採れる真珠を『本真珠』と銘打つのです」
「…………」
「真珠の知名度が上がり、手に入りやすくなるからこそ、貴族のご婦人方は『ならば私は本真珠を!』となります」
「いや、しかしそれは、湖の真珠が本真珠より品質において劣るという前提があってのこと」
「はい。ですから、我々は品質を上げるための技術は提供いたしません。我らがするのは、商品になるレベルの真珠を作り、確かな販売ルートを確保するまで。そこで満足するか更に上を目指すかは、全てを払い下げられた後のマクスウェル伯爵に委ねましょう。実際、伯爵の懐事情を鑑みるに、まずは低品質でも早期に商品を確保し、数を捌いて収入にしたいはず。事業の失敗で抱えた負債を消し、高品質の淡水真珠を作るための財源を確保し、良い物を作り出す技術を身につけ、作り出し、安定して市場に出せるまでには、何年、何十年かかるか……。その頃には、『海の真珠=本真珠』が定着していることでしょう。一旦そうなってしまえば……」
「淡水真珠の出来が良くても、脊髄反射的に『海の真珠=最高級品』と受け取られるだろうね」
「そして、本真珠を産出できる海を領地に持つのは、我が国ではギョー公爵家のみ。しかし、問題もあります」
「ふむ」
「海で採取される『天然本真珠』は、希少過ぎる」
「なるほど、海でも養殖するのか」
流石はお兄様。理解が早くて助かります。
「はい。マキシ湖での経営は、以降は土地の者を使うことで地元の雇用も生まれますから、指導のための一部の技術者を残して引き上げてしまった方がよろしいでしょう。……そして、その引き上げた技術者全てと研究者を抱え込み、今度は『養殖本真珠』作りに着手するのです。こちらは我が家の財力に物を言わせて、手をかけ時間をかけ、高品質を目指します。不出来なものは市場に出しません。よって産出量は減りますが、それ故、値は下がらない」
「天然本真珠と養殖本真珠……。マキシ湖は実験場というわけか」
「まぁ、悪い言い方をすると。しかし、マクスウェル伯爵家の得る利益は計り知れない。ウィンウィンの関係では?」
「むう……」と一つ唸って、顎に手を当て暫し考え込んだ後、ギョー公爵の口角がグニャリと歪む。
「ふ……ふっふっふっ……グァハハハハ! クラウディア、おぬしも悪よのう」
「お父様の娘ですわよ。オーッホホホホホホ!」
「ふんっ。……しかし、今回は褒めてやっても良い」
「ありがとうございます。お兄様」
突然出現した悪代官キャラに乗せられ、ついに私も悪役令嬢(越後屋?)デビューしてしまいました。今更って気もするけれど。
しかし、あれだ。前世では独り身を覚悟して人生設計立ててた身だからかな。仕事で認められるとホッとする。生きてる!って感じ。やっぱり、これだ。仕事が私の生きる道だ!
「ところで、ウィンウィンとはなんだ?」
…………あ。