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燃える森


「なぜ! 隣国(リンドブルム)は私を裏切ったの?!」


 四面楚歌の状況に叫声を発するサリーを、クリスは冷ややかにねめつけた。


「よく見ろ。これは国王の旗を掲げた、リンドブルムの正当な国王直属軍だ。お前と共謀していたのは王弟だろう? ……おかしいと思ったよ。探しても探しても我が国を倒そうとする敵の姿が見えなくてね。まさか、隣国の後継者問題に巻き込まれていたとは」

「後継者問題?」

「愚かだな。お前は利用されていたんだよ」

「そんな…… まさか! 私は……」


 思うところがあったのか、否定しながらも、次第に言葉を失う。


「観念しろ、狂戦車(クレイジールーク)サリー。お前が()()()()の首謀者であることは、既に捕らえられた者たちから言質が取れている」


 サリーに詰め寄りそれだけ言うと、後ろに控える兵たちに指示を出す。


「この女を拘束しろ。怪我人の手当てを。西の町に待機している隊に伝令。急げ。ラルフ、これまでの経緯を説明しろ」


 自分や兄と歳もそう変わらない青年が突然現れ、他国の屈強な軍人たちを指揮して、てきぱきとその場を仕切る。駆け寄ってきた衛生兵に手当てされながら、アリシアは継母のことも忘れ、その様に見入っていた。と、ラルフとの話を終えたクリスがアリシアの方につかつかと歩いてきた。


「アリシア・フォーサイス。あなたには聞かなければならないことが多くある。しかし、今は休め。……フォーサイス子爵は領地経営に長けた、民を思う良い臣であった。悪いようにはしない」


 不安だった部分を補われ安堵すると、改めて悲しみが襲ってくる。民にとっては良い領主であったかもしれないが、良い父ではなかった。それでも、たった一人の父だった。亡骸を見たわけではないが、継母の言葉と今のクリスの言葉とで、父の死が現実なのだと実感してしまい涙がこぼれた。

 そんなアリシアを残してその場を去ろうとしたクリスだったが、立ち止まり、言葉を足す。


「……それと、無味無臭の毒薬を精製する技術は凄いが、一服盛るには量が多過ぎたな。もっと少量で効果が発揮されないと実用的ではないんじゃないか?」


 言われて、アリシアは心臓が破れそうになった。自分の所行が筒抜けであることを今更ながらに理解し、焦る。そう言えば、アンジェリカに渡した毒を飲んだのがクラウディアではないということまでしか、ラルフには聞かされていなかった。では、誰が飲んだのか……

 まさか、と思って顔を上げる。


「あ、それ聞きたかったんですけど。お身体は無事なんですか?」


 いつの間にかクリスの隣に立っていたラルフが横槍を入れる。


「無事なわけがなかろう。内臓が焼けるかと思った。今も油断すると倒れそうだ。何より、クラウディアにこう…… 口に指を突っ込まれて吐かされたのだぞ。申し訳無いやら、恥ずかしいやら、しかしそこまでしてくれたのには嬉しいような思いもあったな」

「あはは。元気そうですねぇ」


 二人のやりとりを聞いて、自分が王子毒殺未遂の責めを負っているのだと漸く気付き、アリシアは震えが止まらなかった。自分はただ、継母にとって邪魔な存在を消すためだと言われて毒を売り、アンジェリカへの指令だと言われて、ベッドの下に鳩の死骸を投げ込んだだけだ。それだけでアンジェリカはわかるから、と継母は言った。毒薬の使い道などアリシアの知るところではない。アンジェリカが自分であおるか、クラウディアに盛るか、どちらにせよ指示を受けて判断し、実行したのはアンジェリカだ。自分ではない。


(逃げなくちゃ!)


 頭ではそんなこと無理だとわかっていても、視線を走らせ退路を探す。と、兵から何やら報告を受けていたクリスが大声で叫んだ。


「火を放て!」


 次の瞬間、森のあちこちから火の手が上がり、たちまちの内に激しく燃え上がった。思わぬ光景に、それまで考えていたことや内心の焦りなど、全て忘れて呆気に取られる。この森は隣国との間で奪い合いが起こっている土地。どちらか一方の国の意思で好きにして良い場所ではない。その森を焼き払うというのか。


「さすがは長年誰からも手入れされてない森。倒木も多いんでしょう? よく燃えるねぇ」

「それだけではない。首謀者が逃走するならこのルートだとわかっていたからな。先んじて密かに森に手を入れ準備しておいた。後はリンドブルムとの交渉を残すのみとなっていたのだが…… アンジェリカも良いタイミングで毒を盛ってくれたものだよ。おかげで内通者の目を欺いて城を抜けられた」

「オレも最初は欺かれましたからねぇ。それにしても、まんまと誘き出されてくれたよねぇ」

「子爵のことまでは予測できなかったが、な」


 掌で転がされていたのだと知ったアリシアが絶句していると、ラルフに「逃げようなんて気、起こすなよ」と釘を刺されたが、既にそんな気は失せていた。


「よくこの短期間にリンドブルム国王を口説き落としましたね」

「図らずも素晴らしい援軍を連れ出せたものでね」


 ああ、とラルフが納得気に頷く。


「クラウディアは?」

「真珠姫は……」


 クリスは溜め息をひとつつくと、炎に包まれ黒煙を上げる森を遠い目で見つめた。




 


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