蔵書庫の伝言
西日の射す、城の蔵書庫。ラルフは、クラウディアの痕跡を探していた。あの日、フォーサイス家について調べて「何もなかった」と言ったクラウディアであったが、それが事実なら一日がかりで調べたりするはずがない。これまでも幾度となく、明確な根拠があるわけでもなしに危険を回避してきたクラウディアのことである。「これ」とは言い表せない、漠然とした違和感があったに違いない。
(もう危険な目には遭わせないと、誓ったはずなのに。ちゃんと、話を聞かなかった……)
あの日、抱き締めたことに後悔はなかったが、浮かれてしまった自分には腹が立つ。もっとずっと傍を離れずにいるべきだったのに、期待してしまった。距離を取ったら、これまでの関係が変わるかもしれないと夢見てしまった。
(関係なんて、変えるべきじゃなかったのに。クラウディアにとっては、きっと、そういうことではなかったのに、ね……)
キスした相手が自分を思っているかいないかくらい、分かる。あの日の出来事を思い返すと喉の奥が苦くなって、俯きたくなる自分を鼓舞するために無理矢理に顔を上げた。
「失礼をいたします」
そんなラルフに声をかけてきたのは、一番古株の司書であった。ラルフが幼い頃には、その悪ふざけの標的になることも多かった人物である。
「じいさん。どうした?」
不意に出した声が掠れる。ラルフの重い心情を知ってか知らずか、司書は軽く微笑んで手にした物を差し出した。
「こちらはクラウディア様から」
一片の紙きれであった。
「次に自分がここを訪れるより先に、ラルフ様が思い詰めた顔でいらしたら渡すようにと、言付かっておりました」
思い詰めた顔をしていたのか、という気恥ずかしさと、この状況を見越していたようなクラウディアの行動への驚きとが入り混じる。受け取った紙切れは、数冊の本の題名を示したリストであった。
「それから、こちらをクラウディア様に届けてくださいますか? 探していた本が、ようやっと見つかりまして」
「これは……」
何の変哲もない児童書だが、その表紙に見覚えがあった。パラパラとめくると、ところどころに子供の筆で拙い絵が落書きされている。幼い頃に、ラルフとクリスが悪戯して描いたものだ。今よりは若かったこの年寄り司書に、ひどく叱られたのを思い出す。
「懐かしいな。温厚なじいさんが怒ったもんだから驚いて、あれから本に悪さするのは止めたんだよね。じいさんには悪戯し続けたけど」
「良いのです。本さえ無事なら」
「じいさんらしいな」
「この話をクラウディア様にいたしましたところ、二人がいたずら書きした本を見たいとおっしゃられまして。探していたのですが、裏の修復待ちの本の棚にありました」
ラルフは無言で手にした本の頁を捲り、ふっと笑うと、何か思い至ったように顔を上げた。
「ありがとう。じいさん。これ、届けてくるねぇ」
蔵書庫を出て駆け出す。その瞳には、いつも通りの無邪気な光が戻っていた。
(落ち込むのはもう止め。とにかく二人を探すのが先!)
とはいえ、実のところ城内にいるはずの二人の居場所すら掴めていないのである。少なくとも、クリスの部屋にクリスはおらず、地下牢にクラウディアは居ない。医者の出入しているらしき場所は城の中には存在せず、誰かを軟禁できる場所は存在し過ぎる。そして不気味なことに、王と王妃は何事もないように過ごし、クリスの次の王位継承権を持つ宰相は全く姿を見せない。
(これほどの厳重な箝口令が敷かれているのを考えると、クリス様の状態が思っている以上に悪いのか、或いは……)
ラルフは行き先なく進める足を一旦止め、その場で考え込み、暫くして、はたと何かに行き当たる。そうしてゆっくりと振り返ると、元来た廊下を迷いなく走り出した。