クラウディアに関する証言と事件のあらまし
ギョー公爵邸侍女長の証言:
クラウディアはアンジェリカとは視線も言葉も一切交わさない間柄である。ただ、アンジェリカの友人であるアリシアを邸に招くなど、関係の修復を試みようとする姿が見受けられた。
「お嬢様は陰でちまちまと嫌がらせをするようなお方ではありません。『魔王』とは、まぁ、幼少時に呼ばれてはおりましたが…… その頃であっても、正々堂々と相手を叩きのめし、相手を跪かせて、目の前で高笑いなさっておいででした」
学園教師の証言:
クラウディアの興味は幅広く、あらゆる方面に豊富な知識を有する。植物学や薬学にも造詣が深く、最近は、植物園の温室に一人で足繁く通う姿が見受けられた。
植物園では多種の植物が栽培されており、中には薬効や毒を有するものもあるが、一般的に生徒には知られていない。事件後の調べで、致死性の毒を有する蘭の一種が数株、掘り起こされているのが発覚した。
「毒を抽出するには、更なる専門的知識と専用の器具が必要です。ただ、まぁ、あの蘭に関しては根の部分を齧っただけでも死にますが……」
学園の男子生徒の証言:
クラウディアは入学早々から上級生と浮き名を流したり、男子の制服で登校したりと、目立ちたがりで奇行が多い。周囲の女子生徒を囲い込む企画を立ち上げたり、自らが履く靴を売り出して流行を作ったりと、尊大で女王気取り。
「私は、言い寄ったと言いがかりをつけられ、投げ飛ばされました。自意識過剰なんです。王太子殿下との婚約の可能性が消滅した際には、『自分の人生に男は邪魔』などと、さも自分の希望であるかのように嘯いていたようですが、王太子殿下の隣に他の女性が立つのは、想像だけでも我慢ならなかったはずです」
◇
事件のあらましはこうである。
その日クリスは、「婚約者が原因不明のまま目を覚まさないでいるルイスの見舞い」でギョー公爵邸を訪れていた。
ギョー公爵邸には三人分の茶の用意が整っていたが、ルイスは現れず、クリスはクラウディアに促されて奥の席へ着座した。侍女は「内密の話があるから」と言われ、二十分程後にクラウディアに呼ばれるまで隣室に待機していた。
部屋に入った侍女は、すっかり冷めた様子の紅茶を淹れなおそうとしたが、クリスはカップの中でティースプーンをくるくる回すと、「喉が渇いているから、冷めたくらいがちょうど良い」と言って紅茶を飲み干し、同時に、口を押さえて机に突っ伏すと、そのまま力なく椅子から落ち、床の上に転がった。顔面は蒼白、額に玉の汗を浮かべてガタガタと震え出したクリスに、クラウディアは声をかけながら駆け寄ると、冷静に意識の有無を確認した。口に指を突っ込んで飲んだ紅茶をいくらか吐かせたが、クリスは意識を失った。
駆けつけた医師の指示で、応急処置後にクリスは王城へ帰され、その場に居合わせたクラウディアと侍女一名は連行されることとなった。後に侍女だけ帰されたのは、クラウディアの部屋から毒薬の入った瓶が出てきたためだ。
瓶は押収され、ギョー公爵と夫人は邸内にて謹慎。ルイスは学園との往復のみ、監視付きで許可された。
それから数日。
「よくこんな証言ばかり集めたものだな」
椅子に腰掛けラルフの集めた資料に目を通しながら、ルイスが舌打ちする。学園の敷地内にある男子寮、カインの部屋が事件後の集合場所となっていた。
「クラウディアを悪女に仕立て上げるために集められたような証言だよねぇ」
クリスの容体に関する情報は掴めず、関係者と見られるアンジェリカは未だに目を覚まさない。何より、クラウディアが城のどこでどう過ごしているのか、様子が全く伝わってこないのが三人をより不安にさせた。
「アンジェリカは毒で倒れたの?」
「いや、こんなタイミングだっただけに毒を飲まされたのではと憶測を呼んでいるが、実際には原因不明だ。毒だとしても、倒れたときの様子を比較すると、少なくとも、クリス様が飲んだのとは別の物だろう」
「クラウディアには、そっちの嫌疑もかかってるの?」
「少なくとも、ギョー公爵邸の中には、そう考えている者もいるようですね」
ベッドに腰掛け、二人のやりとりを聞いていたカインが口を挟む。
「そこが分からない。母の様子もおかしい。我が家では知らぬ間に何か起こっていたようだ。これに関しては私が調べよう」
ルイスが請け負う。
「あの方が調べていた『ルーク』については、私が。心当たりがありますので」
無表情のまま、カインが呟く。
「じゃあオレは、クリス様とクラウディアの情報を集めながら、何とか連絡取る方法を探してみるよ。あと、学園内で情報操作しようとしてる奴の特定ね」
座っていた床から、ラルフがせかせかと立ち上がる。
「決まったな。では、各々方、健闘を祈る」
ルイスの掛け声でドアを開け、三者はそれぞれの戦場へ歩き出した。